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@ 執筆者名 INDEX
(50音順)+
新着原稿
New!
▼
▽浅田 彰
▽阿部和重
▽臼杵 陽
▽王寺賢太
▽大澤真幸
▽岡崎乾二郎
▼
▽柄谷行人
▽斎藤環
▽坂本龍一
▽
秀実
▽高橋哲哉
▽田中 純
▼
▽とちぎあきら
▽松浦寿夫
▽松葉祥一
08/10
浅田 彰
【ソンタグの「火山に恋して」】
【世界最速の小説】
07/28
王寺賢太
【ル・モンド/朝日新聞−JCO事故をめぐる新聞の言説の差異について】
07/22
浅田 彰
【坂本龍一の<ZERO LANDMINE>】
【狭山池博物館】
07/15
王寺賢太
【ヴェルサイユのブーレーズ−エスタブリッシュメントとしての前衛】
07/08
浅田 彰
【「ミリオン・ダラー・ホテル」】
【「アメリカン・サイコ」】
06/27
王寺賢太
【七月十四日、馬の足並み−軍事パレードと文明化をめぐる断想】
06/16
浅田 彰
【歴史の授業――ヴェトナム戦争から遠く離れて】
05/28
浅田 彰
【「日本ゼロ年」――グラウンド・ゼロからの再出発】
【「J回帰」の行方】
05/28
浅田 彰
【アファナシエフと再会する】
【シノーポリを追悼する】
05/19
浅田 彰
【サイード、パレスチナへ帰る】
【ギュンター・グラスのドイツ】
05/19
王寺賢太
【水村美苗の「高慢と怯懦」】
05/07
浅田 彰
【リドリー・スコットの成熟?】
【石原慎太郎と政治の美学化】
05/07
浅田 彰
【オペラの再生――坂本龍一の『LIFE』】
【「共生」は夢か?】
@
浅田 彰
歴史の授業――ヴェトナム戦争から遠く離れて
New!
「浅田彰セレクション」プログラム(2001)
音楽・政治・哲学――ノーノをめぐって
『InterCommunucation』27号
そしてダンスは続く――ピナ・バウシュの軌跡
ピナ・バウシュとヴッパタール舞踊団の日本公演パンフレット(1999)
--「思潮21」(朝日新聞 夕刊)---------------------------------------
第1回 20世紀を総括する――ゴダールの『映画史』('00/06/06)
第2回 テート・モダンで考える('00/09/06)
第3回 <ダムタイプ>とアートの臨界('00/12/06)
第4回 磯崎新とレム・コールハース('01/03/06)
--「手帖」(『波』新潮社 刊)----------------------------------------
第1回 映画史のリミットで――淀川長治とジャン=リュック・ゴダール('99/01)
第2回 マラルメに始まる('99/02)
第3回 「呪われた天才」の物語からフーコーを救出する('99/04)
第4回 タオルミナ、タオルミナ('99/06)
第5回 草間彌生の勝利('99/07)
第6回 ベルリン――記憶の政治学('99/08)
第7回 「御法度」をめぐる御法度('00/02)
第8回 コンサート・ホールで考える('00/03)
第9回 「サルトルの世紀」を振り返る('00/04)
第10回 アルモドバルと女の世界('00/05)
第11回 スーパーフラット・アイロニー('00/06)
第12回 フォーサイスの現在('00/07)
第13回 われもまたアルカディアに――近代建築の「天人五衰」('00/10)
第14回 映画の21世紀は『EUREKA』をもって始まる('01/02)
第15回 ジュネの『バルコン』を観る('01/07)
第16回 暗号の世界を解読する('01/08)
第17回 アドルノ/デリダ('02/02)
アドルノ/デリダ
「手帖」第17回(2002年2月号)
--「V-critique」(『VOICE』PHP研究所 刊)-------------------------------
同性愛はいまだにタブーか('98/06)
パロディを超えて――現代美術の両極('98/07)
命をかけて他者を殲滅せよ――『スターシップ・トゥルーパーズ』に見るアメリカ('98/08)
草間彌生の凱旋('98/09)
「建築の20世紀」を振り返る('98/10)
大衆文学化する「純文学」('98/11)
社会学は「第三の道」を示せるか('98/12)
バック・トゥ・ザ・フューチャー('99/01)
どないやねん――西洋から見た日本現代美術('99/02)
セゾン文化を継ぐ者は誰か('99/03)
現代の巨匠、磯崎新('99/04)
フォーサイスの衝撃――21世紀のバレエに向かって('99/05)
領域を横断する怒りの批評('99/06)
テクノミニマリズムの登場('99/07)
ピナ・バウシュの魅力('99/08)
陽気なポストフェミニズム?('99/09)
オペラの再生――坂本龍一の『LIFE』('99/10)
「共生」は夢か?('99/11)
サイード、パレスチナへ帰る('99/12)
ギュンター・グラスのドイツ('00/01)
「日本ゼロ年」――グラウンド・ゼロからの再出発('00/02)
「J回帰」の行方('00/03)
宮島達男の凱旋('00/05)
ミレニアム・ドームで考える('00/06)
ポストモダンの猥褻な陰画('00/07)
ヴェネツィア建築ビエンナーレ('00/08)
ロンドンにできた現代美術館('00/09)
「太陽がいっぱい」から「リプリー」へ('00/10)
未来はわれわれを必要とするか('00/11)
帰ってきた<間>展('00/12)
新たなステージに向かうダムタイプ('01/01)
人類がふたたび月まで行く日('01/02)
『13デイズ』の教訓('01/03)
TVと映画の間で('01/04)
直島の春('01/05)
「歴史以後」のアトラス('01/06)
狭山池博物館に見る歴史の地層('01/07)
2001年の「A.I.」('01/09)
かくも幼稚なる「現代美術」('01/10)
これは戦争ではない('01/11)
ジョンとヨーコは「イマジン」と言った('01/12)
直島の秋('02/01)
これは
『VOICE』
の連載コラムのシリーズである。この雑誌は主に企業の経営者や男性社員を対象としており、同じコラムの書き手も早坂茂三を筆頭とする面々なので、あえてそういう読者にもわかりやすい形で文化の話題を紹介するスタイルをとっている。
サイード、パレスチナへ帰る
『VOICE』1999年12月号
ギュンター・グラスのドイツ
『VOICE』2000年1月号
「日本ゼロ年」――グラウンド・ゼロからの再出発
『VOICE』2000年2月号
「J回帰」の行方
『VOICE』2000年3月号
かくも幼稚なる「現代美術」
『VOICE』2001年10月号
これは戦争ではない
『VOICE』2001年11月号
ジョンとヨーコは「イマジン」と言った
『VOICE』2001年12月号
直島の秋
『VOICE』2002年1月号
--「i-critique」(i-mode site『tachibanahajimedesign.com >> The END』)-----------
ファジル・サイの「春の祭典」('00/12/05)
旧朝香宮邸で見るラリック('00/12/05)
今井俊満――最後のエロチカ('00/12/12)
大江健三郎の「取替え子」('00/12/12)
田中・浅田の「新・憂国呆談」('00/12/19)
内田光子のシェーンベルク('00/12/19)
ダンサー・イン・ザ・ダーク('00/12/26)
長野まゆみの少年世界('00/12/26)
村上隆と「原宿フラット」('01/01/02)
人類がふたたび月まで行く日('01/01/02)
キッチュな権威としての平山郁夫('01/01/09)
ピアニストとしてのアデス('01/01/09)
「白樺派」を遠く離れて('01/01/16)
ジジェクのデビュー作を読む('01/01/16)
映画の21世紀を開く「EUREKA」('01/01/23)
林丈二の「じぶん考現学」('01/01/23)
磯崎新のアンビルト展('01/01/30)
ヴェトナム戦争を遠く離れて('01/01/30)
北野武の「BROTHER」('01/02/06)
コールハースの「世界=都市」('01/02/06)
堤幸彦の「溺れる魚」('01/02/13)
ゴダール/ゴラン('01/02/13)
アモス・ギタイを待ちながら('01/02/20)
青来有一と吉田修一('01/02/20)
クセナキスの死('01/02/27)
バルチュスの死('01/02/27)
ハーモニー・コリンの痛々しさ('01/03/06)
トゥーサンの旅日記('01/03/06)
坂本龍一と天童荒太('01/03/13)
『山形道場』の迷妄に喝!('01/03/13)
直島からの便り('01/03/20)
佐木島からの便り('01/03/20)
アレナスを待ちながら('01/03/27)
トリアーの「イディオッツ」('01/03/27)
サミラ・マフマルバフの力('01/04/03)
ギフト・オブ・ホープ('01/04/03)
リヒターの「アトラス」('01/04/10)
ヒッチコックと現代美術('01/04/10)
リドリー・スコットの成熟?('01/04/17)
石原慎太郎と政治の美学化('01/04/17)
アファナシエフと再会する('01/04/24)
シノーポリを追悼する('01/04/24)
「ミリオン・ダラー・ホテル」('01/05/01)
「アメリカン・サイコ」('01/05/01)
坂本龍一の<ZERO LANDMINE>('01/05/08)
狭山池博物館('01/05/08)
ソンタグの「火山に恋して」('01/05/15)
世界最速の小説('01/05/15)
これは、
立花ハジメ
の主催する i-mode のアーティスト・チャンネル The END (メニューリスト→7:着信メロディ/画像→3:ビジュアル→アーティストC.The END) に原則週2回寄稿されるコラムであり、媒体の性格からして文化情報をコンパクトかつスピーディに紹介することを目的としている。このサイトは有料だが、速報性を重視しているので、少なくとも2ヶ月経ったものは順次ここに公開していくこととした。
「ミリオン・ダラー・ホテル」
The END(2001/05/01)
「アメリカン・サイコ」
The END(2001/05/01)
坂本龍一の<ZERO LANDMINE>
The END(2001/05/08)
狭山池博物館
The END(2001/05/08)
ソンタグの「火山に恋して」
New!
The END(2001/05/15)
世界最速の小説
New!
The END(2001/05/15)
@ 阿部和重
「アメリカ合衆国中枢同時テロ事件」を巡る映像
とハリウッド映画について
sin-semillas.com
(2000/09/17)
扉の開閉による覚醒
毎日新聞
(2001/10/11)
@ 臼杵 陽
米同時テロとイスラム――米は聖地を犯す「新十字軍」
『現代思想』
臨時増刊号 (2001/10)
@ 王寺賢太
ネグリ、イタリアへの帰還
週刊読書人(1998/01/09)
共和国は記念する
週刊読書人(1998/02/13)
自殺について語ること
週刊読書人(1998/03/13)
68/98 回顧と遺産
週刊読書人(1998/06/12)
狂騒のまっただなかへ
週刊読書人(1998/07/24)
余暇と哲学
週刊読書人(1998/09/04)
懐かしさ/初々しさ――J.P.リモザン『Tokyo Eyes』を観る
週刊読書人(1998/10/02)
図書館を突き抜けよ
週刊読書人(1998/10/30)
来るべき「愛」のかたち
週刊読書人(1998/11/27)
「エウリディケー、エウリディケー!」−マルク・フュマロリとヨーロッパの「修辞学的」同一性
週刊読書人(1999/01/08)
ある博物館の閾で−ユダヤの歴史、ユダヤの記憶
週刊読書人(1999/02/05)
ストラスブール再訪−国境の街のささやかな空間
週刊読書人(1999/03/05)
デリダに関する走り書的覚え書−『L'animal que donc je suis (a suivre) 』をめぐって
週刊読書人(1999/04/02)
「三万の行方不明者 癒されぬ記憶」−アルゼンチン軍事クーデタ23周年をめぐって
週刊読書人(1999/04/30)
「批評」の空虚をこえて
週刊読書人(1999/05/28)
水村美苗の「高慢と怯懦」
週刊読書人(1999/07/02)
七月十四日、馬の足並み−軍事パレードと文明化をめぐる断想
週刊読書人(1999/07/30)
ヴェルサイユのブーレーズ−エスタブリッシュメントとしての前衛
週刊読書人(1999/10/01)
ル・モンド/朝日新聞−JCO事故をめぐる新聞の言説の差異について
New!
週刊読書人(1999/10/29)
今日の社会民主主義 - あるいはヨーロッパ 99
週刊読書人(1999/12/03)
人道的で民主的なヨーロッパ?―ヨルグ・ハイダーのオーストリアとヨーロッパ
週刊読書人(2000/03/03)
反復するロブ-グリエ 新しい小説『反復』について
週刊読書人(2001/12/14)
ジャック-アラン・ミレールの「啓蒙」
週刊読書人(2002/01/18)
ユーロからクレディトへ 通貨統合と通貨危機
週刊読書人(2002/02/22)
@ 大澤真幸
試練にさらされる「責任」概念
朝日新聞
(2001/06/23)
J=L.ナンシー著『無為の共同体−哲学を問い直す分有の思考』書評
讀賣新聞
(2001/09/28)
柄谷行人著『トランスクリティーク』書評
讀賣新聞
(2001/10/12)
@ 岡崎乾二郎
形態の黴
GA JAPAN
(1993/05)
「パウル・クレーの芸術」展
朝日新聞
(1993/09/03)
国民絵画の創出―菱田春草『落葉』
『論座』
(1998/06)
見ることの経験
(インタヴュー)
『談』
no.64(2000/10)
ガートルード・スタイン エイゴによるテニヲハのキュビスム的曲芸
『文学界』
(2002/02)
ブランカッチ礼拝堂壁画レイヤー式解析SWF
ブランカッチ礼拝堂解析CD-ROM〔仮題〕
@ 柄谷行人
『日本近代文学の起源』英語版への後書き
『日本近代文学の起源』英語版(1991/09)
『日本近代文学の起源』ドイツ語版への序文
『日本近代文学の起源』独語版(1995/12)
『日本近代文学の起源』韓国語版への序文
『日本近代文学の起源』韓国語版(1997/02)
平衡感覚――福田恆存を悼んで
「新潮」
1995年2月号
埴谷雄高とカント
埴谷雄高追悼(
「群像」
1997年4月号)
建築の不純さ
Anyhow(2001/10)
@ 斎藤 環
「精神分析」を回避することの困難さについて
『Voice』
(2001/04)
ひきこもり犯罪者の虚構的リアル――阿部和重『ニッポニアニッポン』
『波』
(2001/10)
人格障害者と多重人格者の戦いでは、神経症者に支援せよ
『テロ以降を生きるための私たちのニューテキスト』
(2001/12/03)
「ユートピア」の精神分析
『STUDIO VOICE』
(2002/02)
カート・ヴォネガット 「無害な非真実」の伝道者
『文学界』
(2002/02)
@ 坂本龍一
私たちはこの惑星の上に生き残れるか?
『THE BRIDGE』
(2001/9/26)
@
秀実
三浦雅士「青春の終焉」の災難
斜断機(
産経新聞
2001/07/29)
年の暮れ、鈴木書店倒産
斜断機(
産経新聞
2001/12/23)
ことほぎの新年
斜断機(
産経新聞
2002/01/14)
今に博士のホームレス?!
斜断機(
産経新聞
2002/02/03)
@ 高橋哲哉
戦死者の哀悼をめぐって
東京新聞
(1998/12/21 )
歴史教科書問題
「文化」(
朝日新聞
2001/7/12 )
@ 田中 純
カルロ・ギンズブルグ『ピノッキオの眼――距離についての九つの省察』(竹山博英訳、せりか書房)書評
週刊読書人(2001/12/14)
ベルリン――ドイツ統一後十年の軌跡
『ドイツ研究』30号(2000)
都市の探偵たち ――東京論の困難をめぐって――
建築文化
(2000/07)
伝記(バイオグラフィー)の技法:ロザリンド・クラウス『ピカソ論』、ジョルジョ・アガンベン『人権の彼方に』書評
建築文化
(2000/08)
@ とちぎあきら
「ぬかるみ」という契機
『キブールの記憶』プレスシート/制作・アルシネテラン
@ 松浦寿夫
岡崎乾二郎『ルネサンス 経験の条件』
学鐙(2001年12月号)
@ 松葉祥一
21世紀の「新しい戦争」
週刊読書人(2001/10/05)
「参戦法」と憲法
週刊読書人(2001/10/26)
新たな「帝国」の支配
週刊読書人(2001/12/07)
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