Critical Space Archive

自殺について語ること
 「光の世紀」と呼ばれる18世紀に、哲学者たちは自殺についてある種の憧れをもって語った。
 キリスト教において、神からの預かりものである生をおろそかにし、卑小な自由意志を行使して自ら彼岸へ至ろうとする僭越として厳しくとがめられていた自殺を肯定することによって、彼らは人間の生と死に対する神学的な意味づけをはぎとり、人間の意志にその生死をゆだねて無数の生の連なる現世の内側に死を位置づけようとしたのだ。だからこそ、古代のストア派の哲学者たちによりながら、自殺は「意志的な死」と呼ばれた。それは意志によって現世の生を彼方の死へと向かって超越することを目指すものではなく、超越への意志をその意志そのものによって打ち消しながら、むしろつねに死にゆく存在としてあるほかない人間が最終的な一瞬に至るまで徹底してこの現世の内在を生き抜こうとするふるまいだった。その単純なひとつの死の臨界点において、決してゆずりわたされることのない自由と、この宇宙のうちに果てしなく拡散してゆく慰めとがひとりの人間のまえに開けてくるものと考えられたのだ。
 しかし、もはやそんな自由だとか慰めだとかいったものは残されてもいないものらしい――そう思ったのは、一昨年のフランスにおける自殺者総数を報じる新聞記事を眼にしてのことだった。1996年、自殺者総数11280人、自殺未遂総数15万件。自殺者総数は交通事故による死者数8080人を上回る。九十年代の傾向は、35歳から44歳の男性の自殺の増加、社会下層における自殺の頻発、20歳未満の若年層の高率の自殺志向、等々。高い失業率と社会全体の先行きへの不安を背景にしたこのような傾向は、30年代と類似を示すものらしい。社会学者は深刻そうに言う。今まで余りにも自明であるがゆえに真理であるとは考えられてこなかったことですが、自殺とは社会の困窮の表現なのです....
 自殺を社会の統合力の弱まりから帰結する「社会現象」であるとしたのは、ほぼ一世紀ほど前のデュルケムの『自殺論』だった。そのデュルケムによって開かれた社会学的な自明性の支配する世界においては、自殺はかつてそうであったような個人の意志にとっての究極の開けであることをやめる。個人と社会の間の矛盾など回収可能なものとしてしか認めようとはしない社会学は、自殺を社会という全体を表現する一部分として、現存する生者の共同体の内側に飼いならしてしまったのだ。「光の世紀」の哲学者たちの憧れの入りこむ余地はここにはなく、社会の全体を把握するという社会学の視線にとって適当な距離をもって眺められる一対象にすぎなくなった自殺は、数え上げられ、一覧表に記載され、分析されて、いわば篭に入れられたカナリアのように、身をもって社会に危険の到来を告げる安全装置の役割をになわされることになる。上の新聞記事に何かやりきれない気持ちがしたのは、そう考えたからだった。
 だが、社会学者として語るにせよ、哲学者として語るにせよ、自殺について語るなどといったふるまいは本来どこか滑稽であるほかないものだ。それでもなお、かつての哲学者たちの自殺論がわれわれにとって魅力をもって迫ってくるとしたら、それは彼らのしなやかな物言いが決して単なるおしゃべりに堕すことがないからだろう。例えば自殺について語った手紙の末尾に次のように書きつけるストア派の賢人、セネカを見よ。「私の話はすこし長くなりすぎたようだ。私にはまだまだ話を続ける素材はある。でも、手紙ひとつ終えることができない人間が、どうして自分の人生を終わらせることができるだろう?それでは、お元気で!ここまで手紙を読んでくれた君だから、きっとこの別れの挨拶を喜んでくれるはずだ。なにしろ私の手紙を読むくらいなら死ぬ方がよほどましなのだから。」――なんと穏やかで、そして快活なユーモア!

PREVNEXT PAGE TOP
Copyright © 2001 Critical Space Organization.  All rights reserved.
批評空間アーカイヴに戻る 批評空間アーカイヴに戻る
Top Page に戻る Top Page に戻る