Critical Space Archive

ジョンとヨーコは「イマジン」と言った
 前々号で触れた通り、第一回横浜トリエンナーレ2001が開幕し、予想以上の観客を集めている。三年に一度の現代美術の祭典の、まずは好調な滑り出しである。
 もちろん、この企画には問題点も多い。そもそも、この種の国際美術展というのは国際見本市のようなものでしかなく(主会場のひとつのパシフィコ横浜はまさに見本市会場だ)、特にモダニズムの流れが拡散してしまってから多文化主義(マルチカルチュラリズム)的な混沌が支配的になっているが、そこでは多文化主義というのが多国籍資本主義の文化的対応物に他ならないことが露呈される。さらに、今回はアーティスティック・ディレクターが四人もいて焦点を絞りきれず、「メガ・ウェイヴ――新たな総合に向けて」というテーマもあまりに茫漠としていて、混沌に拍車をかけている。
 もうひとつ、狭い会場を出て都市の中に浸透していくような展開が十分でなかったのも残念なことだった。そもそも、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルの二つの帆のような部分の間に巨大なバッタのバルーンを吊るすという椿昇と室井尚の作品が一種のシンボルになるはずだったのだが、技術的な問題でバッタがしぼんだままのことが多いというのだから、間の抜けた誇大妄想と言うほかない。蔡國強の計画していた港の花火(「メガ・ウェイヴ」が台船から岸の観客の方に押し寄せてくる!)に至っては「危険性」のために実現できなかった。
 これらは、しかし、誰でも口にするであろう批判に過ぎない。それらを踏まえた上で言えば、やはり世界中の110人ものアーティストの作品に一挙に触れることができるだけでも面白いということは素直に認めておくべきだろう。
 個人的な発見をひとつ挙げるなら、ヴェトナム人の父と日本人の母の間に生まれたジュン・グエン=ハツシバのヴィデオ作品が忘れがたい。深さ四mほどの明るい海底で三台のシクロ(人力車)を六人の若者がえんえんとこいでゆく――ときどき浮上して息を継ぎながら。夢のように美しくももどかしいその映像には、ヴェトナム社会の停滞とその中で苦しむマイノリティへの共感が込められているのだ。
 また、屋外に置かれたものの中では、オノ・ヨーコの作品が印象的だった。弾痕だらけのドイツ鉄道の貨車が、赤レンガ倉庫の近く、昔の引込み線の駅や税関の廃墟の脇という絶好の位置に置かれており、そこから流れ出る音楽や垂直に立ち上る光のビームが国境を越える平和のメッセージを伝えている。
 実のところ、オノ・ヨーコはトリエンナーレを期に来日するはずだったのだが、連続テロのあとでニューヨークを離れるわけにはいかないと言って、予定をキャンセルした。残念ではあるが、彼女のアメリカでの活動は確かに瞠目に値するだろう。連続テロのあと異様な報復戦争熱に浮かされたアメリカで「イマジン」が「自粛曲」になったとき、「ニューヨーク・タイムズ」(9月25日号)に全面広告が出る。「Imagine all the people living life in peace」という8語だけが中央に並んだ真っ白な頁。コンセプチュアル・アーティストならではの手並みといい、自己を消去してレノンのメッセージの媒体に徹してみせる思い切りといい、タイミングを逃さずマス・メディアに介入する瞬発力といい、さすがと言うほかはない。これこそ21世紀の開幕を告げる芸術作品だと言っていいのではないか。私はビートルズにもジョン・レノンにもまったく関心はないのだが、この時ばかりは、数日前の大追悼イヴェントでニール・ヤングがあえてこの歌を歌った時と並んで、ナイーヴなファンと同じように感動してしまったことを告白しておこう。
 実は横浜トリエンナーレでも彼女の動きに敏感に反応した参加アーティストがいた。見本市のような会場にあって、あえて床下まで覗かせる工事現場のような展示でひとり気を吐いていたヲダマサノリは、連続テロのあと、その作品のタイトルを、ジョンとヨーコの曲名をもじった「give piece a chance」から本来の「give peace a chance」に戻し、「WAR IS OVER (IF YOU WANT IT)」という有名な作品を下敷きにしたポスターを制作していたが、新たに「Imagine all the people living life in peace」というフレーズをアラビア語訳と併記したポスターを制作したのである。このポスターが張り出された10月8日は奇しくもアメリカによるアフガニスタン空爆の開始が伝えられた日だった。しかし、圧倒的な現実を前にしたアートの無力を嘆くことはない。そんな暇があったら、こういう臨機応変なゲリラ的実践を積み重ねながら、運動神経を磨いてゆくことだ。オノ・ヨーコの来日に予定されていた予算が余っているなら、それを使ってこのポスターと同じ全面広告を新聞に出せばいいのではないか。そのようにしてアートは社会に出てゆくべきなのだ。

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