Critical Space Archive

直島の秋
 三月に続き、十一月初めに再び直島を訪れて、「スタンダード」展を見た。瀬戸大橋の東方に位置するこの島には、安藤忠雄の設計した世界最高水準の美術館ホテル(ベネッセハウス)があり、本村(ほんむら)という集落の古い民家をアーティストが甦らせる「家プロジェクト」がゆっくりと進行しているが、今回は、フェリーの発着港である宮の浦や、大正時代から銅の精錬が行なわれてきた三菱マテリアルの工場地帯でも、13人のアーティストたちの作品が展示された。ピクチャレスクな前近代の空間から、産業資本主義の爪痕を残す近代の空間へと、さらなる一歩を踏み出したわけだ。その結果はきわめて興味深いものだった。
 港に着くと、「島」というネオンサインが目に入る。かつて「日本ゼロ年」展で大竹伸郎が水戸芸術館に掲げた「宇和島駅」というサインから「島」の字を転用したものだ。それに惹かれて路地に入った観客は、このアーティストが港に残る昔の雑貨屋をそのまま自分の空間に作り変えた「落合商店」に出くわすことになる。97歳の女性の経営していた商店に残る雑貨と、大竹伸朗の持ち込んだ雑多なオブジェが渾然一体となってつくりだす、古いようで新しい、日本的なようでポップな空間。まさしくこの作家の独壇場と言うべきだろう。
 その隣の「宮の浦長屋」には、折元立身の「アート・ママ」シリーズが展示されている。アルツハイマー病にかかった老母と、奇妙なオブジェを介して触れ合おうとするこのシリーズは、作家にとっては切実なものなのだろうが、先日閉幕した横浜トリエンナーレのような会場で大規模に展開されている場合、第三者としては目のやり場に困る感がないでもない。それが、この長屋では実に自然に見えてくるのだから、不思議なものではないか。
 精錬所付近の展示も、それに勝るとも劣らぬものだった。たとえば、精錬所の付属病院跡(「ふれあい診療所」という看板が残る)を使った展示。とくに、緑川洋一が半世紀前に撮ったドキュメンタリー写真(「灼熱に挑む――島の精錬所」[直島:1951年(初公開)]と「白い村――ある石灰工場の記録」[宇和島:1954年])は、熱と埃にまみれて働く労働者の姿を、パゾリーニの撮ったギリシア悲劇を思わせる鮮烈な輪郭をもって描き出したものであり、この場所においてみるとき、産業資本主義へのレクイエムともいうべき重みをもって迫ってくる。緑川洋一は、展覧会の会期中、11月14日に86歳の生涯を閉じたが、この最後の展示は、瀬戸内の華麗な風景写真で知られるこの写真家のイメージを一変させ、まったく新しい形で甦らせるものだった。
 もちろん、すぐれた作品ばかりというわけではない。しかし、それ自体は軽薄な作品に過ぎない中村政人のマクドナルドのサイン(「QSC+mV」)すら、最初は精錬所の人々に牛乳を供給するための牛舎だったという卓球場跡に置かれることで、場所の記憶との思わぬ共振作用を起こすのだ。ここでも場所が作品を救っていると言うべきだろう。
 古い民家を使った宮島達男や内藤礼の作品、そして、安藤忠雄の木造建築の中に収められたタレルの作品などが「家プロジェクト」として展開されている本村でも、「スタンダード」展の展示が行なわれた。たとえば、江戸時代から続く石橋家に、101歳になる_女をおそろしく細密に描いた木下晋の鉛筆画が飾られている。暗い土蔵の入り口からのぞく老婆の横顔。だが、そこに過剰な情念が宿ることはない。展覧会場でみればいささかおどろおどろしく見えもする作品が、ここではむしろごく自然な佇まいを見せるのだ――新潟の_女が、あたかもこの島の住人であったかのように。そう、この家にも昔こういう女性がいただろう。外来者としてのアーティストこそが共同体の内奥の記憶を探り出し、共同体がアーティストの作品に新たな文脈を与える。そんな共振作用の、これは見事な一例である。
 こうなるともう、作品が面白いのか、場所が面白いのか、はっきりしない。いや、前近代(本村)・近代(三菱マテリアル)・ポスト近代(ベネッセハウス)という歴史が成層をなす直島の環境に、美術作品の介入によって新しい光を当てたことこそ、「スタンダード」展の功績と言うべきではないか。とくに有名ではないが、大きな歴史の成層がくっきりと見える場所――その意味で「標準的」と言っていい直島という場所で開かれた「スタンダード」展は、ローカルなものこそがグローバルなものにつながるという理念を、きれい事を越えた次元で実現してみせた、注目すべきイヴェントだった。
 ベネッセハウスでは、すでに第三期の増築計画が立てられている。安藤忠雄のつくりだす地下空間で、モネの晩年の作品とタレルやデ・マリアのインスタレーションを同時に体験するという、きわめて意欲的な計画だ。しかし、それだけではない。直島の東隣にある豊島(てしま)は産業廃棄物不法投棄問題で知られているが、直島は豊島の廃棄物の中間処理場を受け入れることを決定した。同時に、豊島では安藤忠雄が中坊公平と協力して大規模なオリーヴの植樹計画を進めている。福武總一郎(ベネッセコーポレーション)が安藤忠雄という逸材を得て瀬戸内海の一角につくりだした「よく生きる(ベネッセ)」ためのベースは、こうして、近代の負の遺産にも目をつぶることなく、地域全体の再生に向かって、静かに根を広げようとしている。

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