Critical Space Archive

 パリに住むことを決めて、住宅情報の雑誌で見つけた広告を頼りにアパートの大家にコンタクトをとり、パリに着いたその足で物件を見て、即断即決、その屋根裏部屋を住処に決めたのはもう何年前のことだろうか。一日あけて、アパートの近くのカフェで大家と会って、契約の書類を取り交わした。ちょうどカルチェラタンの裏の五区と中華街のある十三区の境界にあたるその大通りを、キャタピラーの音を響かせて次々と戦車が通り過ぎていった、ムと書いたが、キャタピラーをアスファルトの路面で回転させながら、普通の乗用車以上のスピードで戦車が駆け抜けて行くわけだから、実際のところ、その状況は「音を響かせて」などという生やさしいものではない。大通りに面したカフェの窓ガラスを震わせ、私の身体をずんずんと震わせながら、戦車は疾走していた。窓際で大家と向かい合っていた私は、呆気にとられてその行進を見守った。東京では戦車が街中を大挙して通り抜けていくのにお目にかかったことなどなかったから、物珍しさもあったが、何よりもそこで私が感じていたのはひっきりなしに続く戦車の行列を前にした不安だった。フランス人の大家はと言えば、ああ、とその隊列を眺めると、今日は七月十四日だからね、シャンゼリゼの行進から帰るとこなんだろう、といたって平然と言った。
 トックヴィルは、1848年の革命の回想録の中で、たしかこういうふうに言っている。フランスの市民は、フランス革命以降、国民皆兵の制度に親しんでいるから、武器を自らの手で扱うことに慣れており、フランスでこの半世紀というもの動乱が絶えないのもそのせいだが、一方では、そのおかげで、いざ市街戦というような段になってもバリケードをつくったりするのは彼らのお手のもので、内戦のさなかにもそれが一定の秩序を与えている。事実、古代ギリシャ以来、共和国の理念は、土地を所有し経済的に自律した市民が政治に参加するのみならず、いざ有事となれば、共和国の防衛のため、あるいは圧政に対する蜂起のため市民自身が武器を手にとって戦うことを前提としていた。その背後で、この共和国が、労働に従事する「奴隷」と兵士たりえないとされた「女」を政治から排除したことも当然のことだ。ここから見れば、十九世紀の革命は、国民国家の枠の中で、まず兵士たる男たちが市民となることを実現する過程だったと言えるし、また女たちが市民になるためには、軍事力を介して世界制覇にめざすという野望が、経済的な覇権争いに席を譲る今世紀の半ばをムあるいはそれはたったいま進行中の事態と言うべきだろうかム待たなくてはならなかったことも理解できるだろう。その間に、富の再分配という社会問題を、政治の大問題として浮上させた資本主義の伸張を見ないわけには行かないが、たとえばアダム・スミスが、18世紀の終わりに、労働の分業の進展と平和のうちに進展する世界商業の自由競争の発展を介して、諸国民が富を蓄積することを「文明化 civilization」の名の下に肯定したとき、その「文明化」の核心はまず、兵士と市民の分割、軍務の職業化にあったのだ。
 今日、七月十四日はフランスの革命記念日に当たる。今年もまた、凱旋門には巨大な三色旗が吊り下げられ、共和国軍の兵士たちが三色旗に縁取られたシャンゼリゼ通りの一直線を、軍楽隊の演奏のなか、整然と行進を続けた。実況のテレビカメラは、行進の中にアフリカ系、アラブ系、アジア系の兵士の存在をことさらに際だてる。そこには少数ながらも女性兵士も欠けてはいない。彼らは文字どおり一挙手一投足にいたるまで制御された身ぶりで、コンコルド広場に立つ共和国大統領の眼下に向かって進んでゆく。文民統制 civilian controlの見事な形象化、とでも言うべきだろうか。テレビの解説者は「コソボ作戦」に参加した部隊の貢献を逐一称えてやまない。その「作戦」について、人権の擁護、それ以上に、世界政治の普遍的な審級の効力こそが問われていたのです、と大統領はいともフランクに言ってのけるだろう。男性国民の全てに兵役が義務づけられていたフランス共和国でも、「軍事の職業化」の名の下に、あと三年を目処に兵役が全廃されることになっている。「文明化」の完成、あるいは「歴史の終わり」.....? だがこちらの夢想などかまわず、陸上の兵器のみならず、ヘリコプターから戦闘機まで動員して行進は涎々と続く。あまりの退屈にテレビの前を離れようとしたとき、さあ、締めくくりは共和国警備隊です、とのアナウンスとともに、ピカピカに着飾った騎馬隊がテレビ画面に登場した。取り澄ました騎兵たちの無表情と、整然としてはいるものの、さすがに人間に比べればいささかその規律において劣ると言わざるをえない馬の足並み..... と、その時、一頭の馬が、舗石に足を滑らせて大転倒する!
(1999.7.14) 

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