Critical Space Archive

ジャック-アラン・ミレールの「啓蒙」
 昨年九月から年末にかけて、ジャック-アラン・ミレールはパリの言論界に復帰した。「フロイトの大義派」を率いて、師であり義父であるラカンの教説の伝授と洗練に専念する一方で、そのセミネール公定版の編集を一手に引き受けてきたこの精神分析家は、ラカンの死後の「継承者戦争」の中でかつてのラカニアンたちから悪口雑言を浴びせかけられながら、学派の外に向けての言論による介入をほとんど行なわずにきた。そのミレールが、ラカンの死の二十周年を期に『啓かれた公論への手紙』と題された六つの公開書簡を自費出版し、精神分析界にとどまらず沈滞するフランスの知的言論界を相手取って果敢なポレミックを開始したのだ。
 たしかに、国際精神分析協会(IPA)の二人の分析家に食って掛かった九月はじめの最初の書簡は、精神分析界の内紛が再び始まった、という印象を与えるものにとどまっていた。だがその印象はラカンの命日の九月九日をはさんで出版された第二の書簡を読み進めるうちに後景に退く。そこでミレールは問う。ラカンは精神分析の世界の内部で、また精神分析の外部の世界の知的言説界で、大きな影響を及ぼしてきた。しかし、いまだにラカンなどいなかったかのようにふるまおうとする精神分析家が後をたたないのは一体どうしたわけなのか。だが、話はラカンには限らない。バルトとフーコーが死に、カンギレムが引退したのち、自分はすっかり大学の中での庇護者を失ってしまった。同時代の二人の偉大な哲学者、デリダとドゥルーズは自分のことを嫌った。かつての六十八年の世代の同志たち、アルチュセールとラカンのもとで『分析手帳』に集った仲間たちはと言えば、各々大学制度の中で地歩を築いていくとともに次第におとなしくなっていった。「まさにこれこそが問題なのだ。なぜ思想的な議論が、公共の議論が、これほどまでに蒼白で、お上品で、ひそひそ声のものになってしまったのか?友よ、わが世代の同伴者たちよ、君たちが求めていたのは結局地位だったのか?これほどまでに強者に気兼ねし、筆を控えるとは?だが地位ならば君たちはもう手に入れた。争論しようではないか!」
 いわゆる「六十八年の思想」の退潮と、それに伴うフランスの言論界の保守化が言われるようになってすでに久しい。ミレールは、その「六十八年の思想」の大学の内部への囲い込みを排しながら、今再び彼が「啓かれた公論」と呼ぶジャーナリズムの場において理論的な議論を復活させようと試みているのだが、とはいえミレールは、今再び六十八年の思い出に回帰しようという想起の身ぶりとは無縁である。続く第三の書簡で、マンハッタンのテロに触れたミレールは、自らの良心を盾に他の殺戮を肯定する「テロリストの優しさ」は精神分析が断罪して止まないものだと主張する。その主張は、テロに訴えることも辞さなかったかつてのマオイスト・ミレールの自己批判でもあるだろう。しかし同時に、自と他の境界を確定する既成の制度をあたかも宇宙に内在する秩序のように見なし、その秩序への服従を魂の平安と取り違えるストア哲学もまた彼の拒絶するものだ。「晩年のフーコーを刺激したかのピエール・アドが<内なる城塞>と呼んだものを、私は<砂に突っ込んだ頭>と呼ぶ。それと対になっているのは<空中に曝されたケツ>だ。ストア派はいつも風呂桶で静脈を切って果てる。城塞などいい加減にして、風に吹かれ、浅い眠りを眠った方がましだ。」(第五の書簡)自らの過去二十年を「ストイック」なものだったと振り返るミレールにとって、かつての友人たちの落ち着きぶりは決して単なる他人の欠点にとどまるものではないだろう。
 自と他を峻別し、その間に調和的な関係を設定する自然的な秩序など存在しない。あるいは、自然的秩序と人間的秩序の間には覆いがたい齟齬がある。ミレールはその齟齬の認識を「ポスト・ガリレオ的」な思考の条件と言うのだが、その認識は決して「象徴界には穴があいている」といった「否定神学的」な信に到達して終わるのではない。自然に内在するストア派的な秩序の不在は、一方で人間的な平面において絶え間のない紛争や衝突が不可避的なものであることを意味するからだ。だが、同時にその不在こそが、他者の存在を認め、他者を暴力によって消去することを回避しつつ、さらにその他者との関係を変革しようとするポレミックを、「啓蒙」を可能にする条件でもある。自らの相対性の認識とともに獲得される「真」=「無」への信念は、言論による闘争という形でアクションに結びつかざるをえないのだ、とでも言えるだろうか。だから、ミレールがそのポレミックを通じて一貫して志しているのは、自分自身あくまでも相対的な関係のうちにとどまりながら、これまでに存在してきた学派間の敵対を相互の相違を踏まえた上での共存・競合に変換することだ。第四の書簡では、旧ラカン派の同僚たちに対して、現在の分裂のうちにとどまりながら新たなセミネールの批評校訂版の編集への参加が呼び掛けられ、また第六の書簡ではかつてラカンを「破門」したIPAをはじめとする世界の精神分析の諸潮流に対しては、「分散的で、間歇的で、偶然的で、継続的な」再統合が提唱される。相互に排他的な「学派」の分立状態にある精神分析に、「争論」を通じてフロイトとラカンがもたらした「運動」のダイナミズムを取り戻すこと――ミレールの「啓蒙」はその――正当な――野心によって活気づけられているのだ。
 「争論しようではないか!」――その呼び掛けに即して、ミレールはこの一月から新しい月刊の思想雑誌を創刊する。雑誌の名はElucidation(「解明」)――「啓蒙」Lumieres にちなんだタイトルである。「光あれ!」と断言するミレールの介入がフランスや世界の精神分析や知的言説の場で今後どのように受け入れられるのか、またラカンの教えを出発点としたどのような理論的な展開と結びつくのかについては、未だ予断を許さない。しかし「啓蒙」はつねに自らの信念への居直りとも、進歩への信仰とも無縁の困難な闘争の形態であり続けてきた。その困難を十分に承知しつつ、あえてその困難を選択したミレールの蛮勇の行方に、私は期待する。

[追記]
 その後、ミレールの六つの公開書簡はLettres adressees a opinion eclairee という総題のもとでスイユ社から刊行された。雑誌『Elucidation』は現在のところ、私はまだ眼にしていない。(2002年2月8日)

PREV  PAGE TOP
Copyright © 2002 Critical Space Organization.  All rights reserved.
批評空間アーカイヴに戻る 批評空間アーカイヴに戻る
Top Page に戻る Top Page に戻る