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十月二日付のル・モンドは、一面のトップで東海村JCOの核処理施設での事故を報道した。この報道を、朝日新聞の国際衛星版の記事と比較しながら、公論の担い手としての新聞の言説について考えてみたい。 |
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まず「日本、核の不安」と題されたル・モンドの初報の十月二日という日付が注意を引く。東海村での事故発生は九月三十日午前十時三十五分だから、朝日はすでに十月一日に事故を初報している。このことはル・モンドが夕刊紙であり、その日付は発売の翌日のものであることを知れば理解される(十月二日付のル・モンドは一日の午後三時、日本時間午後十時頃発売される)。ここからすでに、ル・モンドが事件の速報よりも、事件の背景、経過の報道とその解釈に重点を置いていることが推測されよう。事実、私企業のウラン加工工場の作業上の過失で49人が被爆したこと、95年以来の日本での七つの原子力事故のなかで最大のものであること、行政当局の対応が遅れたことを見出しで示したうえで事故の経緯を伝える二面(国際面)は、事故の原因についての技術的な解説と、日本における原子力政策を報じる記事に伴われている。後者は、自然的資源の欠如を補うために原子力発電のシェアの増大を図りつつある日本で、相次ぐ事故をうけて世論に原子力に対する不安感が強まっていること、国内の核廃棄物の保管・処理能力が不十分なため、それを外国に依存していることを指摘し、日本の原子力政策は不確定な時期を迎えた、と結んでいる。 |
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むろん、直接的な被害の心配のない外国にあるからこそ取れる距離をこの紙面構成に認めることはできるだろう。しかし、速報性を断念した上で、一つの事故をそれが置かれている歴史的かつ構造的なコンテクストの中で理解しようとする態度は、朝日の報道とは対照をなしている。そのことはル・モンドが一般に、写真の使用を禁欲すること、日本の新聞に特徴的な「社会面」のドキュメンタリーを掲載しないこと、「識者の声」を記事の外に独立させておかず、事件とその解釈を一貫性を持って提示する署名記事の中に解釈の素材として組み込むことにも現れている。たしかに朝日の記事は、政治面、経済面、社会面にわたってきめ細かい取材に基づいて構成されているし、あくまでも現場の声を直接的に伝えようとする態度は、報道の基本でもあるだろう。ただ、そこで事件の置かれたコンテクストについての解釈を排して、出来事とその当事者の反応を伝えようとする選択は、往々にして紋切り型の「人間模様」を描き出す物語を構成することになっている。これは別に「社会面」に限ったことではない。「・・・と話す」、「・・・した」、「・・・と不安げだ」などといった文末の反復で、匿名の語りが現前化しようとする「現場の声」は、言葉の本来の意味で「センセーショナル=感覚的」なもので、そこには一つの事象の条件となる歴史と構造を認識しようとする姿勢が希薄だ。 |
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たとえば、「梶山静六元官房長官は「採算重視の民間企業の中で、過重な合理化が引き起こした事故ではないか」と指摘」している一方で、高木仁三郎原子力資料情報室前室長は、コスト安を売りにしてきた原子力発電の伝統が、企業に圧力となってきたとの談話を発表している。この二つの記事は全く異なった文脈と立場からの発言として新聞の中で切り放されているが、この二つの発言を手がかりにして、さかんに「人災」が強調される今回の東海村JCOの事故を、日本の原子力エネルギー利用・開発の現状と突き合わせて理解する視点がありうるだろう。それとも、そういった語り=認識の賭けは、「原発と直接、関係のない別の次元で起きた。マスコミや国民にはそこを区別して欲しい」(資源エネルギー庁幹部)という意向にしたがって回避されているのだろうか。ル・モンドによると、日本では現に53基の原子炉が稼働し、35%の発電量を原子力に依存しているという。今回の事故を単に「ずさんな企業」と「付近住民」の問題として終わらせるのではなく、日本人の生活がすでに抱え込んでいるリスクの認識として公共のものにするためには、新聞の言説自身が、語りにまつわる賭けを回避してはならないのではないか。リスクの認識のないまま繰り返されるルーティンが「あってはならない」出来事を引き起こしてしまう、というのが今回の事故の教訓だとしたら、どうだろうか。 |
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