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4月20日、久しぶりにヴァレリー・アファナシエフとゆっくり話をする機会があった。フランスに住むこのロシア人ピアニストは、祖国でリヒテルを記念するコンサートを行なった後、日本に立ち寄ったのだった。10月には再び来日して、今度はギレリスを記念するコンサートを開く予定である。また、あの驚嘆すべきショパンの夜想曲集(DENON
COCQ-83295)に続いて、今回日本でマズルカ集を録音することになっている。それが出る前にリストのソナタを中心とするCDが出る予定だし、秋の来日時にはエッセイと対談を集めた書物も出るだろう。実のところ、私との対談も、その本のためのものだったのである。広範囲にわたる対話を要約することはできないが、ひとつ面白かったのは、ソヴェト体制下のロシアに対する評価が年とともに変ってきたという話だ。若い頃の彼は、ソヴェトを「地獄」と感じ、74年に西側へ亡命する。しかし、資本主義による文化の大衆化がとめどもなく進む現在から振り返ってみると、ソヴェトはむしろ「煉獄」であり、その中で高い水準の文化が緊張感をもって生きられていたと言うべきではないか。それを一概に否定することはできないのではないか。そこから、われわれの話は、プロコフィエフやショスタコーヴィチ、リヒテルやギレリスといったソヴェト時代の音楽家たちに及んでいった。確かに、アファナシエフは、いつもながら、あまりにメランコリックなノスタルジーにとらわれていると言えなくもない。だが、そのメランコリーから、あの恐ろしいほど深い歌が生まれてくることは、紛れもない事実なのだ。秋の再会を約して別れるとき、私は一本のワインをアファナシエフに贈った。家を出しなに地下室でたまたま目にとまった85年のシャトー・ラフィット。ワイン通をもって鳴るピアニストがそんなもので満足するとは思えない。ともあれ、83年の初来日以来20年をへて、彼のピアノはますます深く熟成した響きを奏でるようになってきた。最高の赤ワインを思わせるその響きにいまいちど触れることのできる日が、今から楽しみでならない。 |
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