Critical Space Archive

岡崎乾二郎【見ることの経験】
透視図法とはなんだったか
 フォーマリズムというと戦後のアメリカ美術に大きな影響を与えたクレメント・グリンバーグの批評が思い浮かびますが、彼の批評の原理は、この点においてきわめて矛盾に満ちています。つまり一方で、純粋視覚性を強調し、一方でそれぞれのジャンルの固有の形式を強調していたわけですから。この二つの原理は容易なことでは一致するはずはありません。絵画や彫刻という諸ジャンルの区分と、諸感覚の区分が一対一対応するはずもないわけですから。これは彼が、イリュージョンというきわめてあいまいな言葉を使い出す時に端的に現れています。彼自身自覚的に述べているように、彼はむしろ絵画や彫刻という、ボードレール風にいえば老衰しつつある芸術ジャンルを死守することに賭けていたわけでしょう。
 1924年に、パノフスキーが『〈象徴形式〉としての遠近法』を書いた背景も、こんな文脈によってよく理解できます。その時点の彼にとって、ルネサンスに生じた透視図法が、視覚的な原理には必ずしも即していなかったことを指摘することこそ、何よりも重要だったということです。むしろ古代の遠近法の方が視覚の自然により忠実だったと。
 フィドラーやヴェルフリンなんかの可視性にだけもとづく形式主義に対抗して彼はそう強調しなければならなかった。けれど、そのあまり、ここで彼の示した結論――結局のところ、透視図法とは、客観的、幾何学的な方法であるよりも前に、眼の前に与えられた平板な画面をその向こうに広がるのを透かし見ることのできる透明な窓として見なすことにおいて、一つの象徴的な制度である――とした彼の結論はひどく予定調和的なものに僕には感じられます。たとえばそれは「絵画は絵画と呼ばれることにおいて絵画である」というのと同じ論理にみえるということです。

 パノフスキーに従えば、象徴形式として透視図法が成立しているということは、画面上に精密な作図どころか、まったく何も描かれていないただの平らな板ですら、それを窓と見なす思い込みさえあれば、奥行きをもった空間として見られてしまうことになります。これはその後、1960年になってグリンバーグが書いた、何も描かれていないタブローでも壁に掛けられれば絵画になる(その絵画がいいか悪いかは別にして)というのと、まったく同じ論理だと思いませんか。
 いずれにせよ、パノフスキーは、視覚にもとづいた絵画形式という観念を透視図法にまでさかのぼって否定する必要があったわけです。遠近法によって排除されてしまった視覚の自然(古代の遠近法)の有意義な指摘も含まれていましたが、最終的に彼が強調してしまったのは、視覚を統制する、つまりは視覚の可変性を断ち切ることによって成り立つ形式、すなわちシンボルあるいは一つのドグマとしての形式だったということです。
 パノフスキーの挙げた透視図法というものは、むしろ絵画という形式――つまりは平面的な秩序に、視覚原理を強引に適合させようとしたものであり、確かにアルベルティの理論を祖にして形成されるような、いわゆる古典主義的な傾向に限っていえば、まさにそうだったかもしれません。その形式性はパノフスキーが指摘するまでもなく、視覚性とはそもそも無関係のものです。アルベルティが求めたのは絵画という客体的な形式における統合性であり、むしろそれを眺める観客の視覚こそがそれに合わせられ統制されなければならないと考えていたからです。彼は人の視覚あるいは感覚の可変性、多様性をいかに統制するか、あるいはあからさまにいかにそれを代表(レプリゼント)するかということばかりを考えた人であり、ゆえに彼の透視図法の理論はいかに秩序づけられた平面を形成し、それによってすべてを代表させるかという理論でした。その意味で彼は何よりも芸術をドグマだと考え、芸術諸ジャンルがそれぞれ継承し続けるに値するだろう古典的な規範にこだわった。グリンバーグも同様に、彼自身実際そう任じていたように、芸術に関して保守的だったのです。
 対して、むしろパノフスキーが対抗したところのヴェルフリンやリーグル、あるいは鑑定家でもあったベレンソンといったあくまでも可視性にもとづいて理論を組み立てた人たちの方こそ、視覚と呼ばれるものが決して平板なイメージには還元されえない多層的なものであるといったことを正確に認識していました。ゆえに彼らは平板な古典主義に対して、バロック(正確にはマニエリズム)を、ジョットからヴェネチィア派に至る流れこそを重要視したのです。
 ここで問題になっているのは視覚ですが、視覚は本来、受動的なものではなく能動的なものであり、あえていえば行動的なものです。もともと視覚は対象を操作し――今日われわれが3DのCGを操作するように――読み替えていく、力をそれはもっている。遠く離れていても、対象の見えない面すら類推し把捉することができる。ベレンソンはそれを触覚値とよび、リーグルは視覚のもつ触覚性とその能動性と呼んだ。メルロ・ポンティが「離れて持つ」という言い方までしたのは、そうでないと視覚は「奥行き」をそもそも捉えられないからでしょう。パノフスキーを受け継ぐはずのゴンブリッチがギブソンの理論に接近したのも同じ理由です。
 話を単純化しすぎるのを恐れずにいえば、客体的な形式を自立させようとする、いわば古典主義的な発想は、けれど、この視覚の能動性を機械的な受動性に置き換えなければ成立しない。たとえば遠近法を論じる場合、いつのまにか遠近法を写真モデルにそのまま置き換えて解釈してしまうような傾向があります。ここでいう写真とは何か、簡単にいえばその像の全体が瞬時のうちに写像されるものであり、その際いちばん重要なのは写真の写像作業にはつまり視覚が必要とされないということです。写真が体現しているのはきわめて抽象化された視覚であって、いってみればその写真が撮られた後に「このように自分は見ていたのだ」とわれわれは了解することになる。つまり視覚的な装置として、写真はパノフスキーが言う「象徴形式」以外の何ものでもないのです。だいたいこれは一種の信用装置であり、当たり前のことですが、写真が撮られてしまった後に、もうすでにそこに写ったモデルは、過去の存在になってしまい、すなわち不在になってしまっているわけですから、それが本物であるかどうかを判定することは厳密にはできないわけですね。たとえば写真が崩壊する富士山のイメージを写確かに写し出していて、撮影者が、昨日一瞬、富士山が崩壊したが、すぐに元に戻ったなどと説明しても、誰も信用しない。反対にゆえに写真の写真性は、それを「写真」だとみなす、まさに思い込みによって成立しているといえるわけです。シミしかそこに写っていなくても、それが写真だとする思い込みさえあれば、そのシミは幽霊が写っているようにも見えてしまうということですね。つまりパノフスキーの遠近法の理屈と同じです。
 20世紀は、こうした写真に支配された時代だったといえます。今日、絵画であれ彫刻であれ建築であれそれらの基底にあるメディアは写真です。写真に撮られて初めて比較検討が可能になるし、互換性を獲得したことになる。写真に撮られない限りヴィジュアルな表現としては登録されないというわけです。写真は、いわば翻訳ソフトの役目を果たしている。たとえば近代以降、絵画の固有性として考えられている、無時間的で、つまり瞬時にその平面全体が形成されるという性格は、実際には絵画にはありえず、写真だけに実現された性格でした。写真のもつ、いかなる主体からも離れ客体として自律的に生成する形式を、絵画はモデルにしているようにさえ感じられます。しかし、言い換えれば、写真に托されたこうした性格は、文化あるいは社会というきわめてあいまいな集合を、にもかかわらずなんらかの形で統制されたシステムとして同定しようと仮定した時、いやおうなく、それを制御しているものとして要請される、客体形式つまり象徴形式に期待される性格のごく一般的な特徴です。すなわち写真の性格は、その意味で昔からある文字や貨幣に近いといえます。つまり、写真そのものの性格というより、ある一貫性をもったシステムとして存在する社会あるいは文化を仮定した時、必ず、たとえば芸術作品はこのような性格を備えた象徴形式として捉えられてしまう。そういう転倒があるわけですね。しかし文化はそんなに安定もしていないし、そこにいる人間の精神も知覚も、そんな仮想されるシステムにただ内属しきっているものではないはずです。そうでなかったら、作品は産み出されないし、そもそも歴史も生まれない。
 ブルネレスキについて書きたいと思ったきっかけには、たぶん、こうした文脈がありました。一つにはもちろん彼の方法が絵画とか彫刻とか建築とか音楽とか文学とかの既存のジャンルの枠組みの中だけでは、決して考えられうるようなものではなかったということもあるし、そもそも彼は、個々の主体が成しえる思考は、社会システムの帰属から外に出てしまう可能性をもっているということに自覚的だったわけです。人を他人にすりかえてしまう、そういう入念ないたずらというか実験をしたりまでしている。彼の考え出した方法、たとえば向き合ったニ枚のパネルからなる透視図法の装置は、後にアルベルティに誤読されることになったわけですが、アルベルティの発想とはまったく逆に、いかなるジャンルにも帰属しえないような、まったく超越論的なものだった。いわば彼は人間の精神あるいは知覚がもともともっている錯乱性――たとえば端的に時間や空間の前後の分別が混乱する――、あるいは逆に――時間や空間の前後の境界を乗り越えてしまう――という可塑性を前提にして、それを積極的に生かし、組織しようとしたわけです。

……今おっしゃった信用装置としての写真、象徴形式としての遠近法を私たちはアプリオリな経験として受け取ってしまっているが、それは実際の生な「経験」とズレている。「経験の条件」というタイトルから創造できるのは、そもそも「経験」とは何かという問題意識です。

※ この論文は長文のため、以下テーマごとに分割しました。続きは[NEXT]ボタンでご覧ください。
▼ 見ることの経験 <序>
▲ 透視図法とはなんだったか
▼ 変換装置としての知覚
▼「ブランカッチ礼拝堂」の謎解き
▼ ルネサンス再考
▼ ビザンチンの遠近法
▼ 絵画、両立しない複数の空間が出会う場

swf「ブランカッチ礼拝堂壁画レイヤー解析SWF」サンプル版

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