Web CRITIQUE

 「論争」というものが文芸批評から姿を消したのが何時なのか、私は正確には知らない。少なくとも十年以上文学論争らしい論争がなかったことは確かである。その代りに一方的な罵倒と一方的な無視の応酬だけがあった。そして最近は罵倒すら減少して、ただひたすら自分に気に入らないものは無視することだけが流行っている。これは文学に論争すべきテーマがなくなったこと、すべて政治的あるいは社会工学的、更には商業的問題に還元されてしまったことを示しているのかもしれない。しかしそれだけではなく、たとえ争うべきテーマがあったとしても、大手の商業新聞はもちろんのこと、現在の文芸誌はもはやそのような論争を保証する中立的な場ではありえなくなっている。年功序列と終身雇用に守られた安楽椅子の老人たち(実際の年齢というよりは精神的な老人たち)が「青春」を懐かしむ炉辺閑話しかそこでは許されない。
 III期「批評空間」第2号に唐突に載った高橋源一郎の「「大逆」と明治 『「帝国」の文学』を読む」をめぐってスガ秀実と高橋との間で交わされた論争的応酬が、紙の上ではなくインターネットの「批評空間 web critique」上であったことは、この意味で偶然ではない。応酬自体は「論争」と呼べるほど本格的なものではないが、しかしそれは本格的な論争に値する問題を含んでいる。すなわち細かい字句の解釈は省いて大雑把に要約するなら、高橋とスガの対立点は、夏目漱石が大逆事件について直接には一言も言及していないにもかかわらず、「思い出す事など」等において間接的にそれについてほのめかしていることの意味である。高橋は「漱石が知っていたのは、「大逆」について、直接言及することは、この散文ではできない、ということだ」と、そのことをプラスに評価する。漱石が大逆事件に直接触れたら、島崎藤村や田山花袋のように非文学的な「ぎこちないもの」しか書けなかっただろうから、漱石は文学を愛する良心的な「作家」として、文学的完成のために大逆事件について沈黙したというわけである。これに対して、ラカン風の精神分析の枠組を使って「思ひ出す事など」を綿密に読むスガは、漱石が北白河宮との面会を断ったこと(小さな「大逆」)の罰として大患を患い、宮からの許しの手紙(正確に言えば宮の許しの言葉を伝える松根東洋城の紛失した手紙)とほぼ同時に恢復して天恩を感謝すると読むことのできるそのストーリーに、天皇から「恩赦」を受けて則天去私(天皇に則って私を去る)を誓う「国民作家」漱石のみじめな姿を見て取って漱石を批判する。
 両者のやりとりは率直に言ってスガの方が論理的に筋が通っており、高橋の方は「アルツハイマー」というスガの言葉は言い過ぎにしてもしどろもどろで一貫性がない。もちろんスガの精神分析的な読み自体の妥当性については批判が可能だろうが、問題は批判すらなされずただ無視してやり過ごせばいつのまにか忘れ去られるだろうと高を括っている現在の言説空間の曖昧な風土そのものである。たとえばスガに「web critique」で名指しされた「漱石――研究者」たち(石原千秋、佐藤泉)は、大逆事件と漱石との関係についての研究者サイドからの見解を明らかにするのが、学者としての良心であり、アカデミズムの信用を守る道である(佐藤の近刊「漱石片付かない〈近代〉」でも大逆事件と漱石の関係は黙殺で片付けられている)。ポスコロ・カルスタ的観点から言っても、見たくないものを無視すること、なかったことにすることは最悪の暴力ではないか(関係ないが、「文学界」三月号の愚劣な連載(「クリニック・クリティック」)で、私の以前の批判(「啓蒙と洗脳の結婚」、「文学界」2001年12月)に答えることなく自分と大塚英治だけが「トランスクリティーク」批判をしているように書いている千葉一幹こそアルツハイマーそのものだ)。
 またそれと同じ意味において、渡部直己や浅田彰、柄谷行人にもスガの漱石解釈に応答する応答責任がある。特に渡部は高橋の辻仁成評などをさも重大そうにあげつらっている暇があったら(「早稲田文学」2002年3月)、むしろこの『「帝国」の文学』評を問題にするべきである。何しろそこにおいて高橋が知らずに告白しているのは、漱石が渡部の批判する村上春樹以上に「黙説法」の遠近法を駆使した「二重橋作家」であるということなのだから。もしそうであれば、漱石を「不敬小説」家として特権化することで成立している渡部の『不敬文学論序説』の論旨は全面的に崩壊することになる。実際『「帝国」の文学』には渡部の著作に対する批判的言及があり、それに答えないなら渡部は黙殺という暴力に身をゆだねている石原や佐藤と同レベルということである。真に論争がなされるべきであるとしたら、それは高橋とスガの間ではなく、渡部とスガの間でなければならない。もし渡部がスガに答えないとしたら、私はそこに「俗情との結託」を認めないわけには行かない。
 武井昭夫は大西巨人が野間宏『真空地帯』の俗物性を「俗情との結託」として批判した時、宮本顕治が「野間をいまけなすのは運動上、政治的にも文学的にもまずいといった俗情」を押し出して大西を批判し、中野重治もそれに同調したと発言している(II期「批評空間」第20号)。それと同様に、夏目漱石(更には中上その他)をいまけなすのは運動上、政治的にも文学的にもまずいといった俗情があるとしたら、それこそが現在の言説空間を退屈にし曖昧化しているように私には見える。そしてこの俗情を支えているのは「戦後文学の党派性」ならぬ「ポストモダニズムの党派性」と言うべきものである。私がスガに疑問を感じるとしたら、『「帝国」の文学』の正当な評価を妨げているまさにそのポストモダニズムの党派性に氏が誰よりも執着しているように見える点にある。その意味でスガ氏が最近見せている苛立ちの表情は自家撞着の気味がある。スガ氏を苛立たせ抑圧しているものは、氏が最も守りたいと思っている対象そのものであるのだから。
 たとえば蓮実重彦が推薦文を書いている青山真治のビデオ映画「すでに老いた彼女のすべてについては語らぬために」が、修善寺の大患と大逆事件の関係を、スガ的解釈ではなく、高橋・渡部ラインの解釈で叙情的(センチメンタル)にとらえていることは徴候的である。こんなものが「不敬映画」とか呼ばれて礼賛されてはたまらない。スガはぜひ青山映画の国民映画的欺瞞性を粉砕して本当の左翼とは何たるものか(私も知らないが)教えてやってほしい。現在「週刊読書人」紙上で連載されている「蓮実重彦氏に聞く」を読むたびに私が感じる歯がゆさもそのことに関わっている。自分に「ごもっともです」と相槌しか打たない茶坊主たちを前に日本文学への無関心をさも新しいことであるかのように安心しきって表明する蓮実氏が現在文学から愛されているとは私は思わないし、「フローベール論」もあと三十年出す必要はないと思う。私が現在の蓮実氏に期待するのは、氏が撮りたいと希望するソフトポルノ「秘本・草枕」を一刻も早くクランクインして、高橋源一郎が『日本文学盛衰史』においてできなかったし、しようともせずにタブーとして封印した漱石のポルノ化を実現してもらうことだけである。
 馬琴が十九世紀の日本文学を「代表」するとすれば、漱石は確かに二十世紀の日本文学を「代表」する。とすれば、馬琴からの分離なくして二十世紀の日本文学がありえなかったように、二十一世紀の日本文学は漱石からの分離なしにありえないだろう。

[編集部註]
このテキストは、web critique 上でのスガ秀実氏と高橋源一郎氏の論争的応酬を受けて、大杉重男氏が週刊読書人2002年3月22日に書かれたものである。初出原稿を、web critique に転載させて頂くにあたり、大杉氏に若干の字句訂正を加えて頂いた。

※ このテクストには以下レスポンスが付いています。
 △ 夏目漱石という「俗情」
    −スガ秀実と高橋源一郎の論争について/大杉重男(2002/03/25)
  ▼ Re: 大杉重男に同調して討議への参加を呼びかける/浅田彰(2002/03/22)
   ▼ Re: 大杉重男と浅田彰の「呼びかけ」に接して/渡部直己(2002/03/28)
    ▼ Re: 辻仁成など知るか―渡部氏への応答/大杉重男(2002/05/11)
  ▼ Re: 編集部への返事/佐藤泉(2002/04/25)

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