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「批評空間」第III期第2号
に高橋源一郎氏による拙著『『帝国』の文学』への書評(「『大逆』と明治」)が掲載されている。書評を書いていただいたこと自体はありがたいが、その「内容」は、あまりにもひどい――「誤解」とさえ言えぬ――恣意的なものなので、一言記しておきたい。 |
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高橋氏は拙著から引用した後、「ついに漱石は『大逆』について論じることも、そのことを作品としてとりあげることもなかったのである」と書いている。あたかも、私もそう言っているかのように、である。しかしそのような視点は、高橋氏の小説『日本文学盛衰史』のものに過ぎない。拙著は、「しかし、私見によれば、漱石は『大逆』事件について、ほぼ明確かつおおやけに記している」として、具体的に漱石の書いたものを詳しく論じているのであり、それこそが拙著の核心の一つをなしている。高橋氏の言は、拙著を読まずに書いているか、もしくは、高橋氏の書評は、拙著の「内容」を隠蔽するための詐術でなければ、何であろう。いうまでもなく、拙著はおのずから、高橋氏の『日本文学盛衰史』への批判ともなっているはずであり、そのことを隠蔽してしまう高橋氏の心性がいかなるものか、私にはほとんど理解しがたいのである。 |
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なお、高橋氏の書評以外にも、拙著に対する書評を書いた漱石研究者(石原千秋氏、佐藤泉氏など)は、いかなる理由によるのか、私の言う漱石と「大逆」事件問題について、触れることがなかった。漱石研究者以外の書評者が、積極的にそのことに触れたことと、これは対照的である。これまた、いかなる理由によるものなのか、理解に苦しむ。私の説(それを私は、いちおう画期的な新説だと思っているわけだが)が誤っているのなら、ちゃんとそう言えばいいではないか。 |
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※ この論文には以下のレスポンスが付いています。
△ 高橋源一郎〈「大逆」と明治〉へ/ 秀実(2002/01/17)
▼ Re: スガ秀実氏の批判に/高橋源一郎(2002/01/24)
▼ Re: 高橋源一郎のレスは、あまりにも.../ 秀実(2002/01/28)
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