Critical Space Archive

 この春に京都国立近代美術館でオープンし、夏に東京都現代美術館に巡回する予定の「身体の夢」展は、ファッションとアートの関連を探るなかなか興味深い試みである。とくに面白いのは、16世紀から現代にいたる流れを追うなかで、ある種のサイクルを見てとることができるところだろう。
 昔の衣装は、女性の身体を締め付けて成形する拘束衣のようなものだった。ウェストを極端に絞り上げるコルセットや、腰を後ろに大きく膨らませるバッスル。20世紀に入ると、そのような拘束から身体を解放する動きが始まり、60年代になってひとつの頂点を迎える。たとえば、ウェストから上はストラップだけのトップレス水着をデザインしたルディ・ガーンライヒ。しかし、現代になると、かつての拘束を逆手に取ったような実験が現われてくるのだ。たとえば、あえてバッスル風のスカートをつくり、さらには身体のいたるところに瘤のようなものを隆起させてみせる川久保玲(この衣装はマース・カニングハム・ダンス・カンパニーの舞台でも話題を呼んだ)。そのような最新の実験を、過去の衣装と並べて見直せるところに、この展覧会の面白さがある。
 だが、物足りない点もないわけではない。とくに、最近の傾向としては、SM的なボンデージ、さらにはピアスやタトゥーといった、身体をあえて毀損してみせるファッションを見落とすことができないが、そういう過激な傾向が本格的に取り上げられていないのは、大きな欠落である。他方、情報科学や生命科学によって変容しつつある未来の身体像に関しても、沖啓介と鈴木淳子の大掛かりな割に要領を得ないインスタレーションがあるくらいで、とくに見るべきものはない。そして、現代美術の動向にも一応目配せしておくといった感じで、欧米のアート・シーンで人気の高い、しかし、この展覧会の趣旨とあまり関連が深いとは思えない、ピピロッティ・リストのヴィデオ・インスタレーションが二つ、大きくフィーチャーされているのである。
 このスイスの女性アーティストに関して、私はその人気を十分に理解できないでいた。たしかに、その作品はかつてないほど軽やかだ。「血の空間」(1992年)というヴィデオ作品では、経血までテーマになるにもかかわらず、画面のトーンはあくまで明るい。あるいは、今回の「身体の夢」展にも出品された、あまりにも有名な「エヴァー・イズ・オーヴァー・オール」(1997年)というヴィデオ作品。そこでは、楽しげに歩いてきた女性が、手に持った大きな花の雌しべで駐車してあるクルマの窓ガラスを叩き割り、通りかかった婦人警官とにっこり微笑みを交わして、また楽しげに歩み去っていく。それが、鼻歌を思わせるBGMにのせて、スロー・モーションで映し出されるのだ。そこには、女性性の肯定、ただし、60年代のフェミニズムの攻撃性とはまったく違う、あくまでも軽くしなやかな肯定がある、というわけである。だが、それはあまりに楽天的な見方ではないか。彼女の作品は、たしかに「かわいい」ものではあっても、芸術と呼ぶに足る次元には達していないのではないか。
 こうした疑問はまだ氷解したわけではない。だが、パリ市立近代美術館で開催中の大規模な個展を見て、リストの追求している方向は大体つかめたような気がする。とくに、「四肢(柔らかな、柔らかな)」(1999年)と題した新しいヴィデオ・インスタレーションは、それなりに完成度の高いものだった。クラブ風の大きな暗い空間の壁や床に、無数の光点に混じって、手や足、耳や口、乳房や包茎のペニスといった器官が、バラバラに投影される。そういうと、精神分析家なら、「寸断された身体」の幻想の背後にある攻撃性を想起するだろう。だが、リストの作品にそのような緊張はかけらもない。バラバラの器官は、海中生物のようにフワフワと浮遊し、むしろユーモラスな雰囲気を醸し出す。そして、「あなたは花粉、あなたは無の無、あなたは分子、あなたは女王……」という作家の囁きが、とりとめもなく流れる。ここではもはや統一的な身体像が前提されてはおらず、従ってそのような身体像の解体がいかなる悲劇性を帯びることもないのである。
 このように、リストの作品は、逆説的に言えば「徹底した弛緩」を特徴としている。それはたしかにポストフェミニズムの表現というにふさわしいだろう。だが、東京都現代美術館で「身体の夢」の前に開催された回顧展で草間彌生の作品の悲劇を突き抜けた輝きにあらためて圧倒された者としては、つい疑問を抱かずにはいられない。芸術がこんなに脳天気であっていいのだろうか。悲劇に到達することさえない弛緩が、本当に来るべき女性性の表現と言えるのだろうか。

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