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柄谷行人と私が編集委員をつとめる季刊『批評空間』第II期第21号では、創刊5周年を記念して、福田和也のほか、昨年デリダ論(『存在論的、郵便的』新潮社)を出版した東浩紀と、やはり昨年、丸山真男論(『群像』1998年6月号)で群像新人賞を受賞した鎌田哲哉を招いて、シンポジウムを行なった。こうして新しい世代の批評家と出会うことができるのは、大きな喜びである。 |
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もっとも、そこで東浩紀が提示した論点は、さほど新しいものとは思われない。彼は、かねてから、社会が細分化され、たとえばデリダ論なら現代思想に関心のある少数の間でしか話題にならないという状況に、強い不満を示していた。それに対し、私は、それは少なくとも70年代以後には一般化していた「ポストモダン状況」(リオタール)――社会全体の進歩や革命といった「大きな物語」がもはや信じられなくなり、諸々の「小さな物語」が各々の小集団の内部で語られるようになった状況の延長であって、とくに新しい傾向とは言えないのではないかと指摘した。それを踏まえて、東浩紀は、本誌4月号のエッセイなどで、80年代までのポストモダン状況と、90年代の徹底化されたポストモダン状況を区別し、前者においては「大きな物語」が死んだというポストモダンな認識自体が「大きな物語」のゾンビのようなものとして共有されていたとすれば、後者においてはそれすら成り立たないまでに細分化が進んだのだと論じている。確かに細分化がますます進んでいることは事実で、そういう区別をしたいならしてもいい。だが、たとえばサルトルのような知識人がひとつの時代を代表しえた時代、「大きな物語」のために人が生命をかけられた時代と、それ以後の時代の巨大な落差に比べれば、そういう区別は程度の差でしかないだろう。そして、細分化を超える横断的なコミュニケーションこそが必要だという課題も、リオタールの頃から変わっていないように思われるのだ。 |
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ところで、そのような細分化のひとつの兆候が「政治的な正さ」――「ポリティカル・コレクトネス」(PC)である。「大きな物語」の解体はシニカルな政治離れを生んだが、他方で、あらためて政治的な正義を主張する動きが現われてきた。ただし、かつてはプロレタリアという普遍的被抑圧者の名のもとに大文字の正義を語るのがPCだったとすれば、いまは女性や先住民や障害者といった個別的マイノリティの名のもとに小文字の正義を語るのがPCになったのである。もちろん、それぞれのマイノリティ集団が自らのアイデンティティを主張するのは完全に正しい。だが、たとえば女性の間にも先住民差別はあるし、先住民の間にも女性差別はあるわけで、そうすると、女性の先住民こそが、いや、さらにいえば障害をもった女性の先住民こそが真のマイノリティだということになる。このようなアイデンティティ・ポリティクスが細分化の隘路に入り込んでいくのは自明だろう。もうひとつの問題は、一応マジョリティの側に立つとされる者がPCを標榜するとき、マジョリティとしての自己に対する後ろめたさ、そこからくるマイノリティの過剰な美化といった、いかにもセンチメンタルな甘さが目立つということだ。そのような自閉や感傷を吹き飛ばすためにも、やはり横断的なコミュニケーションが求められている。 |
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鎌田哲哉が丸山真男論についで発表した知里真志保論(『群像』1999年4月号)は、その点でも瞠目に値する。彼は、このアイヌの知識人が、もとより日本人に同化するのでもなく、かといってアイヌのアイデンティティに安住するのでもなく、あくまでも両者に対する鋭い違和感を怒りとともに生き抜いたこと、それを正面から受け止めることで武田泰淳のいくつかの作品が書かれた(『ひかりごけ』がエッセイと戯曲に分裂するといった形で)ことを、大胆かつ緻密に論証していく。丸山真男論のリファレンスでもあったジョイスがここではさらに生きてくるだろう。アイルランド生まれのこの作家は、母語の復興に与せず、あくまでも英語を使ってアイルランド語のように書いた――ドゥルーズとガタリの用語で言えば、メジャー言語の中でどもることによってマイナー文学を創造したのだ。ジョイスの、そして知里の怒りは、どちらのアイデンティティにも安住することを拒み、メジャー言語とマイナー言語の残酷な落差に身を晒しつづけることを彼らに強いたのである。注目に値するのは、それを論じる鎌田哲哉が、自らその怒りを生きていることだろう。そこには、マイノリティへの感傷的な感情移入など、かけらもない。ただ、ひたすら燃え上がる怒りがある。それがこの論文に異様な明晰さをもたらし、横断的な力を与えているのだ。『批評空間』で私に対しても罵倒として炸裂したその怒りを、私はあえて肯定し、怒れる批評家の登場を全面的に歓迎する。 |
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