Critical Space Archive

フォーサイスの衝撃――21世紀のバレエに向かって
 すべてが閉塞状況にあるこの世紀末にあって、これほどの創造力の横溢を見ることができるとは! ウィリアム・フォーサイスの率いるフランクフルト・バレエ団は、公演のたびにそんな驚きを味あわせてくれる。前回、1996年の来日公演で披露された「エイドス:テロス」は、過激なマルチメディア・パフォーマンスだった。それがいわばディオニュソス的な爆発だったとすれば、その後のフォーサイスはアポロン的なエクスタシーに到達したと言ってよい。こうして、この2月の来日公演で披露された近作では、何もない空間(だが、「何もない空間」をつくりだすために、なんと完璧なセッティングやライティングがなされていることだろう!)に置かれたダンサーたちが、恐るべき超絶技巧をひたすら淡々と展開してゆくのである。突き詰められた思考と極限的な身体技術との完璧な出会い。20世紀も最後になってついに古典と呼ぶに足る表現を獲得したと言えるのではなかろうか。
 その前に少し歴史を振り返ってみよう。19世紀のクラシック・バレエが物語の様式的な表現を軸にしていたのに対し、20世紀のモダン・バレエやモダン・ダンスは、そういう無駄な要素を削ぎ落とし、純粋な身体の幾何学的運動に向かおうとした。逆に、そうやって削ぎ落とされた要素――歴史的要素や民俗的要素、物語性や演劇性などを今度は記号として引用してカラフルなコラージュをつくってみせたのがポストモダニズムであって、これまた5〜6月の来日公演が期待されるピナ・バウシュのタンツテアター(ダンス・シアター)はその最高の達成と言えるだろうし、また、日本の「舞踏」もそのような動きのなかで世界的に評価されたのだった。しかし、さらにその後に登場したフォーサイスは、表面的な記号のゲームに耽るよりも、まっすぐにモダン・バレエの基底にある幾何学的構造へと向かってゆく。そして、単一の中心を持った球体としてとらえられていた身体の運動域を複数の力線の不安定な束へと解体し、一貫性をもったその運動を絶えず中断してはそこへ別の運動を貫入させることにより、モダン・バレエをその核心において解体し組み替えてみせたのである。しかも、彼は、このようにモダニズムの身体言語を脱構築することによってつくりあげたアルゴリズムを各々のダンサーが身体化することで、彼がいちいち振り付けなくてもバレエが自己組織的に生成されるようになること、それによって振付家としての彼自身が舞台から消え去ることを、究極の目標としているのだ。そして、無駄なものが何ひとつない近作の舞台を観るかぎり、その消滅の美学はほとんど完成に近づいたかに見える。
 1984年にフランクフルト・バレエ団の芸術監督となったフォーサイスは、それから15年以上にわたってこうした探求を続け、世界のバレエのカッティング・エッジに立ってきた。それにしても、アメリカ人を全権をもった芸術監督に任命し、ラディカルな実験を続けるに任せてきたフランクフルト市の器量は、高く評価されるべきだ。メンバーの大半が外国人で、パフォーマンスで使われるのも大半が英語。そんなことが日本で可能だろうか。最近の財政危機で劇場も困難に直面しているようだが、それでも、フォーサイスに委ねられた予算と裁量権は、日本ではとても考えられないものだ。
 だが、もちろん何よりも重要なのはフォーサイスとダンサーたちの才能と努力だ。努力といっても、振付家が動きを指示し、ダンサーが盲目的にそれに従うといった関係は、そこにはない。フォーサイスはつねにダンサーたちに問いかけ、ダンサーたちが自分で解答を発見するように仕向ける。驚くべきことに、フランクフルト・バレエ団では思考することと踊ることが名実ともにひとつになっているのである。実際、世界のさまざまな知識人と対話する機会のあった私が断言するのだが、フォーサイスとの対話ほど知的な緊張に満ちたものはない。今回の来日公演のプログラムもかねて、ここ5年ほど断続的に続けてきたその対話の記録を『フォーサイス1999』(NTT出版)という書物にまとめた。それは、バレエにとどまらず、今世紀末における思考と芸術の先端の記録といえるだろう。
 それも、しかし、結局はのぼった後に投げ捨てるべき梯子に過ぎない。最終的には、すべてを忘れ、ひたすら舞台を見つめること。しかし、その舞台もあまりに無駄無く構成されているため、観客は、具体的なイメージを記憶することができず、すばらしい出来事と遭遇して五感を洗い清められたという印象だけを残して、劇場を後にすることになるだろう。だが、それこそは理想的な芸術のありかたではなかったか。そう、フォーサイスのバレエは、もはや実験の段階を脱し、20世紀が21世紀に引き継ぐべき古典の域にまで達したのだと私は思う。

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