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社会学は「第三の道」を示せるか
 最近の世界経済の大混乱で、市場の万能性を説いてきた経済学の旗色がよくない。デリヴァティヴ(金融派生商品)の価格の理論で昨年のノーベル経済学賞を受賞したショールズらが自らヘッジ・ファンドの経営にかかわって巨額の損失を出したことは、その象徴だろう。そもそも、かれらの理論は、今年の京都賞を受賞した伊藤清の確率解析の簡単な応用に過ぎず、ノーベル賞に値する独創性をもっていたわけではないのだ。いずれにせよ、昨年への反省からか、今年のノーベル経済学賞は、母国インドの現実をも踏まえつつ「所得分配の不平等にかかわる理論や貧困と飢餓に関する研究」に多大の貢献を行ってきたセンに与えられた。もっとも、センをたんに地に足のついた「社会派」と誤解してはいけない。彼は、社会的選択理論などの高度に論理的な研究を展開する一方で、社会の現実を見つめているのだ。
 実際、市場を絶対視するだけが経済学なのではない。政府の役割を強調したケインズは、サッチャー=レーガン流の新自由主義によって「死んだ犬」であるかのように宣伝されてきたが、危機を迎えてふたたび評価されつつある。とはいえ、たんにケインズ流の「大きな政府」に戻ればいいというわけではない。規制緩和と緊縮財政を一律に押しつけようとするIMFに対し、世界銀行はもっと積極的な介入の必要性を主張しているが(もっともセンによればその基準はなお単純かつ機械的にすぎる)、その副総裁の職にあるスティグリッツは、いまや標準的になった教科書の著者であり、「市場の失敗」と「政府の失敗」を分析的に比較考量しながら、しかるべきバランスを見いだそうとしてきた。いま必要なのは、このような幅広い視野をもつ経済学なのだ。
 ところで、経済学に代わって注目を浴びているのが社会学である。イギリスでは、ブレア首相のブレーンとして知られるギデンスが右でも左でもない「第三の道」を打ち出し、アメリカのクリントン大統領やドイツのシュレーダー新首相もこれに興味を示しているようだ。しかし、「第三の道」というのは曖昧な概念である。市場原理は否定できない、だが市場がすべてを飲み込むに任せてはいけない、市場をいわば社会的なネットワークの中に埋め込むことでその暴走に歯止めをかけよう。まことにもっともな話ではあるが、あまりに一般的で具体的な内実がはっきりしないのだ。市場に対して、伝統的な共同体を持ち出すか、新しいコミュニティを持ち出すかで、「第三の道」は右にも左にも振れる。極端な話が、かつてのファシズムもまた、ある意味で「第三の道」を求めたのではなかったか。今回も、「第三の道」の社会学が、ホンネでは市場競争力重視を貫きながらタテマエでは市場万能主義を批判してみせる「新しい社会民主主義」のイメージ戦略に使われるだけだとしたら、それは空虚なお題目にとどまるだろう。
 いずれにせよ、社会学の覇権はイギリスに限った話ではない。ドイツを代表する知識人のハバーマスも、哲学者というより社会学者といったほうがいいだろう。市場をはじめとする「システム」と、社会的コミュニケーションの織りなす「生活世界」を対比させ、前者による後者の植民地化を批判するその理論は、ある意味で「第三の道」にもつながる面をもつ。
 フランスでも、有名な哲学者が次々に世を去るなか、知的な覇権を獲得したのは、社会学者のブルデューだった。もっとも、知と権力のつながりを批判的に研究してきたブルデューが自ら知識人としての権力を手にするというのは、いささか皮肉な話ではある。
 このように、現代は、経済学でも哲学でもなく、社会学の時代であるらしい。考えてみれば、「選択の自由」を謳う市場万能主義は、極端に突き詰めると、アナーキズムに近い個人主義に帰着する。さらに言えば、それを突き抜けたところに、個人の同一性(アイデンティティ)という近代個人主義の原則さえ桎梏とみなし、それを多様な差異の束へと解放しようとする、ポストモダン哲学のある種の流れを、やや強引に位置づけることもできるだろう。その両者がともに70年代から80年代にかけて一世を風靡したのは、けっして偶然ではない。だが、そのような自己の/自己からの解放の運動は、家族や共同体の崩壊をもたらすことになるだろう。そこで、そのような運動が失速するとき、それに対する反動が前面に出てくることになる。そもそも、デュルケムが近代社会学を生み出したのも、そういう無秩序――アノミーへの反動としてだったのだ。それを社会学イデオロギーと呼ぶこともできるだろう。いま起きているのは、まさにそうした社会学イデオロギーの復権なのである。
 だが、社会学イデオロギーは市場万能主義という経済学イデオロギーの対立的補完物にすぎない。それが示す「第三の道」は本当に市場万能主義への反動以上のものになりうるのだろうか。

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