Critical Space Archive

「建築の20世紀」を振り返る
 ロサンゼルス現代美術館が企画して、この夏、東京都現代美術館で開かれた「建築の20世紀」展は、大規模で充実した展覧会だった。テーマが多岐にわたりすぎて一貫性を欠き、展示作品も玉石混交だったという憾みはある。しかし、だからこそ、そこには今世紀の建築の諸問題がありありと浮き彫りにされていたのである。
 そもそも、美術や音楽などと比べて、建築というのは「不純」なジャンルである。大きな社会的インパクトを持つために、他のジャンルより政治や経済の介入を受けやすいのだ。建築の自律性を追求しようとした20世紀初頭のモダニズムが、1930年代以降、全体主義の政治や資本主義の経済の大波にもまれて変質していく過程は、そのことを如実に示している。
 1932年にニューヨーク近代美術館で開かれた「インターナショナル・スタイル」展は、それまでヨーロッパ各地で展開されてきたモダニズムの実験をひとつのスタイルとして様式化する試みだった(そのスタイルは、戦後、アメリカ資本主義のヘゲモニーの下、文字通り国際的に商品化されることになる)。しかし、わずか5年後の1937年にパリで開かれた万国博覧会では、状況は一変し、ヒトラーの建築家シュペーアによるドイツ館とスターリンの建築家イオファンによるソヴェト館がシンボリックな威容を競い合うさまが見られたのである。モダニズムの敗北? ある意味では確かにそうだ。しかし、とくに都市計画などを見ていると、誇大妄想的とも見える全体主義の計画のなかにこそ、すべてを幾何学的に整序していこうとするモダニズムの意志が別の形で貫徹されているとも言えるのではないか。言い換えれば、戦後のモダニズムの計画のなかにも、全体主義的な意志が生き残っているのではないか。
 もちろん、1930年代で言えば、いかにも全体主義的なシュペーアの大ベルリン計画に対し、たとえばライトの「ブロードエーカー・シティ」――緑のなかに住宅が散在する田園都市の計画を、民主主義的なヴィジョンの例としてあげることもできるだろう。だが、住宅一戸につき一エーカーという広大な空間、そして、自動車や飛行機といった移動手段を前提とするこの計画は、アメリカ資本主義の富によってはじめて可能になるものだった。それに、そのような交通網による空間の拡大という夢もまた、ナチス・ドイツのアウトバーンに見られるとおり、全体主義の共有するところだったのである。
 この展覧会のひとつの特徴は、視野を地球大に広げることで、そこに植民地主義の問題を重ねてみせたことだ。戦後、モダニズムの都市計画はインドのチャンディガールやブラジルのブラジリアで実現されるが、建築家の意志によって現地の風土とは関係なしにゼロから作り出されたかのようなこれらの誇大妄想的な都市のなかに、展覧会の初めのほうにあった植民地時代の都市計画の残像――というより完成を見ることもできるだろう。
 もちろん、資本主義社会において、このような計画はむしろ例外と言ってよい。世界のいたるところで見られたのは、無計画な都市化の進展であり、さらに、産業社会から消費社会への移行とともに、機能に特化しようとするモダニズムに代わって、記号としての多様性を競い合うポストモダニズムが、都市の表層を埋め尽くすようになった。その全過程を一挙に体験したのが一部の発展途上国であり、そこでは、経済成長やバブルとともに、巨大なビルが野放図に立ち並び、土着の集落と混在して、アナーキーとしか言いようのない景観をつくりだすことになったのである。実のところ、このようなアナーキーを面白がるというのが、近年の建築界の最新流行だった。たとえば『錯乱のニューヨーク』で知られるコールハースは、いっそうの錯乱の東京、さらにいっそうの錯乱の深センに、もっとも過激な都市のモデルを見出している。しかし、そうやってヨーロッパからアジアの混沌を面白がるというのは、(ポスト)コロニアリズムの一形態にほかならない。そもそも、今になって振り返ってみれば、そこで称揚されていたアナーキーがアジア経済のバブルの産物に過ぎなかったことは明らかだ。そして、バブルが崩壊してしまった今こそ、もういちど原点に戻って建築と都市の問題を考え直すべき時なのではなかったか。この展覧会はその恰好の機会と言えるだろう。
 そう言えば、この展覧会の会場になった東京都現代美術館の巨大にして醜悪な建物自体、バブルの夢の廃墟とも言うべきものだ。それを、東京都庁、東京フォーラム、新国立劇場、江戸東京博物館とともに、バブルの生んだ五大粗大ゴミと呼んだのは、磯崎新だった。つねに政治や経済の力によって食いつぶされてきた建築の夢の残骸を集めたものとも言える「建築の20世紀」展にとって、それは案外恰好の舞台だったのかもしれない。

PREVNEXT PAGE TOP
Copyright © 2001 Critical Space Organization.  All rights reserved.
批評空間アーカイヴに戻る 批評空間アーカイヴに戻る
浅田彰アーカイヴに戻る 浅田彰アーカイヴに戻る
Top Page に戻る Top Page に戻る