Critical Space Archive

「歴史以後」のアトラス
 ドイツの画家ゲルハルト・リヒター(1932年生)は、私にとって昔から気になる存在だった。たとえば、写真を微妙にぼかしながら灰色の油彩画に仕立て上げた一連の作品。そもそも近代絵画は写真と区別される固有の表現を目指してきたのだが、リヒターの作品は、のっけからその逆を行きながら、写真的な乾いた即物性と絵画的な絵の具の質感の共存によって、観る者を当惑させる。とくに、ナチスの軍人や強制収容所のユダヤ人、あるいは現代のポルノグラフィを題材にした作品では、それらのモデルがダイレクトに描き出されると同時に、微妙なぼかしによって正視をはばかるものとしての性格を強調され、観衆の視線を撹乱するのである。
 なかでも、西独赤軍バーダー=マインホフ・グループが獄中で「自殺」したという不可解なニュースを告げる新聞の写真などに基づく15点の連作「1977年10月18日」(89年)は、一度見れば忘れることのできない衝撃力を持っている。ニューヨーク近代美術館が95年にこの連作をコレクションに加えたとき、「テロリストを聖像化するような作品を購入するとは何事か」という抗議の声が沸き起こったのも、その衝撃力がいまだに薄れていない証拠だろう。こうした声に対し作品の意義を再確認する意味も込めて、同館では昨年ロバート・ストーがこの作品を分析した充実した研究書を刊行している。そこでも論証されているように、リヒターはけっしてテロリストを聖像化しているわけではない。新聞写真などの映像をクールになぞりながら油彩画に仕立てて見せただけだ。聖像というなら、それは複製技術時代のアウラなき聖像なのである。だが、それらの巨大な灰色の画面があくまでクールにそそり立つとき、そこにいわば負のアウラといったものが生まれることもまた事実だろう。保守的な観衆を憤らせたのは、たんにモデルがテロリストであるという事実だけではなく、その冷たい迫力でもあったのではないか。
 それだけなら、しかし、リヒターという画家のイメージをつかむこと自体はさほど難しくない。問題は、その同じ画家が、時にはドイツ・ロマン派を思わせる静かな風景画を、時には驚くほどカラフルな抽象画を描いているということなのだ。それらの作品群は一見したところあまりにバラバラで、つかみどころがなかったのである。そんな私がリヒターという画家を理解できたように思ったのは、「アトラス」を何度か見てからのことだった。62年に制作が開始されたこの進行中の作品では、風景写真に手を加えたものから、色見本のような色彩の配列にいたるまで、ありとあらゆる映像のパターンが、今ではなんと4500枚以上も集積されている。それはまさにポストヒストリカルなアトラス地図帳――美術史の終焉の後すべてのパターンを並列的に収蔵したデータベースだ。あとは、そこから適当に取り出してきた映像を、比類のない技巧をこらして大画面に仕立て上げるだけ。この意味で、リヒターはまさしくポストヒストリカルな画家と言えるだろう。そして、あのバーダー=マインホフ・グループの写真も、それらの視覚的データのひとつ――たしかに画家自身にとっても衝撃的な、しかし、結局のところは、歴史的な意味をはぎとられ、主体的なアンガージュマンの対象となることのない、死んだ映像のサンプルに過ぎないのである。
 最近のドイツでの展覧会では、リヒターは「ユーバージヒト」(英訳は「サーヴェイ」だが直訳すれば「オーヴァーヴュー」)と称して、13世紀から現代の自分たちに至る文化史年表(河原温や磯崎新も含まれる)そのものを、自分の作品にしてしまっている。リヒターのポストヒストリカルなアイロニーはそこまで徹底したものなのである。
 そして、リヒターより先に世界的な注目を浴びたアンゼルム・キーファーは、このリヒターによる洗練されたポストヒストリカルな総合の後、稚拙にして壮大な歴史画でそれを突き破ることによって登場してきたのだった。ドイツ史の栄光と悲惨を一身に背負うような作品を作り続けてきたそのキーファーも、ベルリンの壁が崩壊した後、むしろ緊張感を失ったかに見える。南フランスに居を移してからも、旺盛な制作活動を続け、次々に大作を生み出してはいるのだが、その作品は、冷戦末期のドイツにおいてそうだったほどは歴史的フォーカスが合っているように見えないのだ。他方、90年代以降のポストヒストリカルな雰囲気の中で、リヒターの「アトラス」はますます多くの観衆の関心を集めるようになった。こうした成り行き自体に歴史のアイロニーを見ることができるかもしれない。
 いま、千葉県佐倉市の川村記念美術館で「アトラス」を中心とする日本初の本格的なリヒター展が開かれている。美術史の次のステージ――そんなものがありうるとして――を構想するためにも、精密にして不毛なこの「映像大全」を見ておくことはけっして無意味ではないだろう。

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