Critical Space Archive

直島の春
 岡山県の宇野港から船で20分程の直島に、美術館とホテルが一体になったベネッセハウスがある。船着場から丘の頂上にいたる斜面に安藤忠雄設計の建物が点在し、その内外にさまざまな現代美術作品が散らばっているのだ。
 1995年の第2期工事完成以後初めて再訪の機会を得た私は、この施設の着実な成長ぶりに思わず感嘆の声をあげた。小さなケーブルカーで本館とつながれた新しい別館は、丘の上に置かれた楕円形の冠のようで、中庭では水と空が対話し、外に向けては瀬戸内海の絶景が見渡せる。92年に完成していた本館とも併せ、自然の地形をうまく利用してその中に建築を埋め込んでゆく安藤忠雄の建築は、ここに最良の結実をみたと言えるだろう。
 さらに注目されるのは、この美術館――直島コンテンポラリーアートミュージアムのコレクションの方針である。その基礎を成すのはジャクソン・ポロックからブルース・ナウマンに至るアメリカ現代美術の作品群なのだが、92年の開館当初は、フランク・ステラの張りぼて立体絵画やジョナサン・ボロフスキーのおしゃべりする人形といったいかにも80年代的な作品が目立って、ややスノビッシュな印象を与えないでもなかった。だが、この美術館は、ひとりずつアーティストを招き、この場所にふさわしい作品を残していってもらうという方法で、コレクションを着々と充実させ、かつてのバイアスを見事に乗り超えてきたのである。たとえば、水平線だけをとらえた杉本博司のミニマリスティックな海景写真は、世界各地で撮られたものではあるが、海を見晴らす屋外のテラスのコンクリートの壁にそれらを整然と並べた展示は、この場所でしか望めない理想的な効果をあげている。あるいは、島の石や流木を集めて大きな円をつくったリチャード・ロングの作品も、まさにこの場所にふさわしいと言うべきだろう。
 作品は周囲の空間にもはみだしてゆく。浜辺に散らばる大竹伸朗の廃船のオブジェや、桟橋の突端に置かれた草間彌生の南瓜のオブジェ。最近も、船着場に近いギャラリーに、ウォルター・デ・マリアの二つの巨大な花崗岩の球が収められた。
 さらに注目されるのは、ベネッセハウスから歩いて30分ほどの島の集落で展開されている「家プロジェクト」である。宮島達男が、古い民家の床に水を張り、水中に発光ダイオードのデジタル・カウンターを散らせた「角屋」。125個のカウンターは、125人の島民がそれぞれに設定したペースで、チカチカと数字を刻み続ける。あるいは、安藤忠雄が黒い焼杉板でつくった建物の中に、ジェイムズ・タレルが知覚の限界に迫る薄明をつくりだした「南寺」。中に入って10分ほどじっとしているとようやく眼が慣れ、漆黒の闇と思われた空間の中に恐ろしいほど微妙な光の帯が浮き出してくる、それは、写真を見るだけでは絶対にわからない、ほとんど戦慄的な体験だ。ときにはキッチュに傾くこともあるタレルの、これはおそらく最良の作品のひとつと言っていいだろう。この「家プロジェクト」はゆっくりと進行中で、いまも内藤礼が古い民家を使った「きんざ」の制作を進めている。
 このように、直島では、小規模ながら質の高い美術館が、第一級のリゾート・ホテルと一体になると同時に、島の集落にも根を張って、緩やかに、しかし着実に成長を続けているのだ。日本では稀な例と言うべきではないか。
 もちろん、直島といえども、周囲から隔絶したユートピアではない。直島は瀬戸大橋(それができるまで宇野は高松への連絡船の港だった)の東方に位置するが、さらにその東方には産業廃棄物問題で有名になった豊島[てしま]がある。そして、直島で美しい美術館ホテルを設計した安藤忠雄は、豊島でも、廃棄物問題で奮闘する中坊公平とともに、島を緑に戻すための植樹運動を提唱し、積極的に展開しているのだ。この人がただの建築家ではない所以である。
 ともあれ、自然と芸術に囲まれたヴァカンスを過ごしてみたいと思っている人には、ぜひ直島のベネッセハウスを訪れるよう勧めたい。それは、もっとも深いとは言わない、しかし、もっともゆったりと落ち着いた質の高い時間を与えてくれるだろう。すぐに行くのが無理だというのなら、とりあえず、最近刊行された『安藤忠雄の美術館・博物館』(美術出版社)を手にとり、巻頭に置かれた直島の写真を見てみること。さらに、『Remain in Naoshima』(ベネッセ)という充実したカタログを手に入れて、頁をめくってみること。それらを見てしまった後でこの島に行かずにいることは、よほど鈍感な人間にしか不可能だろう。

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