Critical Space Archive

「太陽がいっぱい」から「リプリー」へ
 パトシリア・ハイスミスの「リプリー」が、「太陽がいっぱい」からおよそ40年をへて、原作と同じ「リプリー」というタイトルで再び映画化された。イタリアで遊び暮らしている金持ちの息子ディッキー・グリーンリーフと、彼に憧れて同一化しようとたあげく殺してしまうトム・リプリーという、ふたりのアメリカ人青年の物語。ルネ・クレマン監督の前作ではアラン・ドロン、アンソニー・ミンゲラ監督の新作ではマット・デイモンが、トムを演じている。
 まず言えるのは、新作の方が原作に忠実だということだ。トムは、貧しく中身も空っぽなつまらない青年で、ただ、カメレオンのように他人に同一化してしまう癖をもっている。ディッキーの父が彼を息子の同窓生だと勘違いしたとき、彼は自らその役割を演じはじめ、息子を連れ帰るよう依頼されてイタリアに送られるのである。だが、そこで気ままな生活を送るディッキーに魅せられたトムは、ディッキーに同一化してゆく――とうとう衝動的にディッキーを殺し、実際にディッキーになり代わるにいたるまで。その後、「太陽がいっぱい」のほうは、海に捨てたはずのディッキーの遺体がヨットのロープに引きずられて浮かび上がってくるシーンで終わるのだが、「リプリー」のほうは、原作同様、警察の追求を逃れたリプリーが、しかし、自らのアイデンティティを見失ってあてもなくさまようところで終わることになる。
 こうしてみると、ディッキーに憧れる冴えないトムを演じるには、あまりにブリリアントなアラン・ドロンより泥臭いマット・デイモンの方が適任というべきだろう。ただ、新作ではふたりの間の同性愛的な感情をはっきり描いているというのが売り物なのだが、それは旧作でも十分に示唆されていたのであり、現に、慧眼をもって鳴る淀川長治などは「太陽がいっぱい」をゲイ映画とみなしていたくらいだ。もっと厳密にいえば、トムは自らの欲望の対象としてディッキーを所有しようとするのではなく、欲望の主体としてのディッキーと同一化しようとするのだから、そもそもそれを同性愛として単純化するのは誤っている。そうした点も考慮していえば、ドラマの面に関するかぎり、新作は、原作に忠実だというだけで、とくに旧作をしのぐものではないと言わなければならない。
 他方、フランス人の撮った旧作ではさほど強調されないが、新作では、アメリカ人のイタリアへの憧れを反映して、イタリアの風景が実に色彩豊かに映し出される。とくに、ナポリから南に下ったアマルフィ海岸の夏の光。この点は新作のメリットといえばいえるだろう。
 それにしても、映画史がほぼ飽和点に達しているのは確かであるにせよ、過去の名作のリメイクがこれほど多いというのはどういうことだろう。そのなかでも、「太陽がいっぱい」に対する「リプリー」の関係は、それ自体、奔放な生のエネルギーに満ちたディッキーと、彼に空しく憧れる中身の空っぽなトムの関係に、あまりにもよく似ている。
 そういえば、アルフレッド・ヒッチコックの名作「サイコ」も最近ガス・ヴァン・サントの手でリメイクされたが、ここでは、それとは別の「アメリカン・サイコ」について触れておこう。ブレット・イーストン・エリスの悪名高い小説をメアリー・ハロンがスタイリッシュに映像化した話題作である。
 クリスチャン・ベールの演ずる主人公のパトリック・ベイトマンは、80年代のニューヨークで最先端の生活を送るヤッピー青年だ。マニュアル通りのエクササイズとトリートメントで人工的に作り上げた完璧なボディにアルマーニのスーツを着こなし、その時々に話題のレストランで食事する。アパートのインテリアは白一色で、ロバート・ロンゴの絵がかかっている。セックスのときでさえ、BGMに選んだ音楽についてえんえんと薀蓄を傾けずにはいられない。まさに究極の「ブランド野郎」というわけだ。彼がヤッピー仲間たちと名刺のデザインを競い合うシーンなどは、なかなか笑える。いや、彼にとって、それこそは自分のアイデンティティを賭けた真剣勝負なのである。
 50年代のトム・リプリーと比べて、80年代のパトリック・ベイトマンはたしかにずっと豊かだ。しかし、消費社会の最新のトレンドをフォローすることでしか自己実現できない彼の内面は、いっそう空虚になっている。実際、昼間の表層的なヤッピー生活の中で蓄積されたフラストレーションは、ここでは夜の連続無差別殺人という形で突如盲目的に暴発するしかないのであり、その両極を一貫した物語の枠内で了解することはもはや不可能なのである。ブランドもののスーツがずらっとかかっていた広いクローゼットに、首を切断された死体がずらっとかかっているシーンは、この両極性をよく示している。だが、それは、心理学的サスペンスというジャンルそのものがもはやほぼ不可能になったことの象徴でもありはしまいか。

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