Critical Space Archive

ロンドンにできた現代美術館
 パリは古典美術のルーヴル美術館と現代美術のポンピドー・センターに続いて近代美術のオルセー美術館をつくったが、古典美術のナショナル・ギャラリーと近代美術のテート・ギャラリーを擁していたロンドンは、後者をテート・ブリテンと改称し、あらたに現代美術を専門とするテート・モダンを開設した。この大規模な現代美術館は、去る5月にオープンして以来、すでに新しい名所として定着したかに見える。
 おもしろいのは、オルセー美術館が昔の駅を改装してつくられたように、テート・モダンもまた昔の発電所を改装してつくられたということだ。改装を担当したスイスの建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンは、建築デザインによって自己主張するより、むしろ建築デザインをできるだけ環境の中に解消していこうとする傾向で知られる。この種の改装計画にはうってつけと言えるだろう。実際、彼らは発電所の巨大なスペースを生かしながら、うまく光を取り込み、いい意味でニュートラルな展示空間をつくりだすのに成功した。外観についても、建築の屋上全体に巨大なライト・ボックスをのせて、いわばパワーハウス(発電所)をライトハウス(燈台ならぬ文字通りの光の家)に変えてしまうというのは、効果的な戦略と言えるだろう。こうして、テームズ河畔に残骸をさらしていた産業社会の遺物は、情報社会にふさわしい一大文化センターとなって甦ったのである。
 では、展示内容についてはどうだろうか。かつては、モダン・アートに関して一定の進歩史観(抽象的な流れと表現主義的な流れが抽象表現主義で総合され、さらにミニマル・アートからコンセプチュアル・アートに至る、というような)が支配的であり、それを大枠としてほぼ年代順の展示を行なうのが定石だった。しかし、そのような進歩史観に対するポストモダンな反省をへて、モダン・アートの展示もまた相対化と組み替えの時期にさしかかっている。現に、いま触れた進歩史観の形成と普及をリードしたニューヨーク近代美術館も、今年いっぱいかけてコレクションをテーマ別に展示し直す試みを行なっているくらいだ。ただ、モダン・アートの進歩の物語に替わり得る大きな枠組みはまだ明確になっておらず(「大きな物語」の解体が「ポストモダンの条件」だとすれば、そもそもそのような枠組みは求めるべくもないだろう)、美術館の展示全体が数多くの企画展や個展の集積に解体して、一般の観客をいたずらに混乱させているというのが、現状ではないだろうか。
 そういう流れの中で、テート・モダンも年代順の展示を排し、「歴史」「風景」「身体」「静物」という4つのテーマにそった展示を行なっている。実のところ、いかにも古典主義的なこれらのテーマによってモダン・アートを分類する試みには無理があり、展示が年代順になっていないこととも相俟って、いたずらに混乱を招く場面もないわけではない。だが、ニューヨーク近代美術館の実験ほど過激でない分、モダン・アートの全体像を大きなブロックに分けて示す試みは、それなりにわかりやすく示唆的なものになってはいる。
 たとえば、「風景」のセクションの一部屋では、リチャード・ロングが床に赤い石を並べて巨大な円をつくり、壁一面に川の泥をはね散らかしてペインティングを行なっている(日本でも数年前に世田谷美術館国立京都近代美術館で同じような作品が展示された)。そして、その反対側の壁に、クロード・モネの睡蓮の絵がさりげなくかけてあるのだ。異なった歴史的文脈に属する作品をテーマによって集めてみせるこのような手法には当然批判もあるが、このケースに関するかぎり、ロングの実験を風景画の伝統と関連づけるとともに、モネの絵に内在していたただならぬ強度を明るみに出すことに成功していると言えるだろう。
 もうひとつ、この巨大な現代美術館には企画展のためのスペースもあり、オープニングに際して、ルイーズ・ブルジョワの巨大な彫刻を並べた個展、そして、ゲイリー・ヒルのヴィデオ・インスタレーションからタイトルをとった「シネマとハード・プレイスの間に」というグループ展が開かれた。とくに後者は、現代美術の近年の諸傾向のサーヴェイとして、なかなかよくまとまっていたように思う。
 こうして、テームズ河畔に出現した新しい現代美術館は、さまざまな議論を呼びながらも、新しい名所として多くの観客をひきつけている。なんといっても、ナショナル・ギャラリーやテート・ブリテンともども、原則として無休で入場無料というのがすばらしい。国立大学とともに国立の美術館・博物館も独立法人化しよう(ただしプレスティージを維持するために「国立」という名称だけは残そう)としているどこかの国とはずいぶんな違いではある。

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