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史上最悪のポストモダン映画を選ぶとすれば、これはその最有力候補と言えるのではないか。クローネンバーグの「イグジステンズ」を観ての感想である。 |
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この特異なカナダ人映画作家は、すでに1982年の「ヴィデオドローム」で電子メディアによる現実の侵食を戯画として描いていた。男の腹に女性器のように開いた裂け目からヴィデオカセットを挿入するシーンは、そのばかばかしいまでの悪趣味ぶりで逆に忘れることができない。 |
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99年の「イグジステンズ」は、その悪趣味をさらに推し進めてみせる。今度は、脊椎の下の方にあけたバイオポートという肛門のような穴から、両性類の体に遺伝子操作を施してつくられた奇怪な肉塊につながる臍の緒のようなコードを挿入する。この肉塊は実はゲーム機であり、それと結合することでゲームの仮想現実の中に全身で飛び込むことができる、というわけだ。それにしても、ゲーム・デザイナーのアレグラ・ゲラーというヒロインが、初めてゲームを体験するボディ・ガード役のテッド・パイクルのバイオポートを滑らかにするために唾をつけた指を突っ込むシーンといい、パイクルがゲラーのバイオポートに思わず舌を差し込むシーンといい、ほとんど正視をはばかられるほどだ。そう、これは情報/生命[インフォ/バイオ]テクノロジーの開こうとしている明るい未来の、猥褻な陰画なのである。 |
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だが、結論を急ぐ前に映画の内容を見ておこう。そもそも、「イグジステンズ」(eXistenZ)というのは、問題のゲーム機でプレイするゲームの名前だ。実存(existence)としての人間は自らにとっての現実を想像力によって無から作り出すというのが実存主義だとすれば、「イグジステンズ」というゲームは人工的な手段――機械仕掛けの想像力で仮想現実を作り出してみせるのである。 |
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とはいえ、クローネンバーグはこの仮想現実を描くにあたってほとんどコンピュータ・グラフィックスの類に頼ることがない。ゲームが始まると、日常とわずかに違った世界に見知らぬ他人が姿を現す。それはゲーム・キャラクターであり、そのキャラクターと目を合わすだけで仮想現実のゲームがスタートするというわけだ。 |
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そうなると、しかし、われわれが日常の現実と信じているものも、それ自体がゲームではないかという疑いが生じてくる。とくに、ゲームの中で別のゲームをプレイするという形で仮想現実が入れ子状に展開されていくと、そこから現実に帰ったといっても、その現実が仮想現実でないという保証はどこにもなくなってしまうのだ。 |
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こうして現実の侵食が進むとき、それは反動を生まずにはおかない。現に、この映画では、仮想現実を破壊して現実を守ろうとする「現実主義[リアリズム]」のテロリストたちが登場する。これは、仮想現実による現実感喪失を批判する保守派の論客のパロディであると同時に、『悪魔の詩』の著者の死を求めるイスラム原理主義者のパロディでもある。現に、彼らはゲーム・デザイナーのゲラーを殺そうとまでする。その攻撃からゲラーとパイクルが逃げ出すところからストーリーが始まり、彼らと「現実主義者[リアリスト]」たちの死闘がクライマックスに達したあげくに、もちろん、そのストーリーの全体が別なゲーム――超越(transcendence)ならぬ「トランセンデンズ」(TranscendenZ)というゲームの仮想現実において展開されてきたことがわかるというわけだ。しかも、ゲラーとパイクルこそが「現実主義[リアリズム]」のテロリストであり、最後に「トランセンデンズ」を破壊すべく立ち上がるのである。だが、それがまた別のゲームのストーリーなのだとしたら……。 |
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こうして、この作品は、電子メディアが部分的に可能にしつつある現実の仮想化・多層化を、ほとんど単純な映画の技術だけで描いてみせる。それは、現実そのものが多層的に分裂したポストモダンの世界の寓話というにふさわしいだろう。さらに、重要なポイントは、最初に触れた通り、それを語るにあたって情報/生命[インフォ/バイオ]テクノロジーの猥褻な陰画が露骨に見せつけられるところにある。おぞましいまでにリアルな物事は、モダンな映画ではたとえばフレーム外で起こっているらしいといった間接的な形で示唆されるにとどまった(だからこそ逆に「現実感[リアリティ]」があった)のに対し、ポストモダンな映画ではそういうおぞましいまでにリアルな物事が露骨に提示される(そして、提示された瞬間、滑稽なまでに猥褻な姿を露呈する)のである。 |
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こうした意味で、「イグジステンズ」は史上最悪のポストモダン映画のひとつに数えられるだろう。だから見るなというのではない。むしろ、情報/生命[インフォ/バイオ]テクノロジーの開くポストモダン文明の猥褻な裏面を直視した上で未来への道を探ってゆくためにも、いちどこの悪夢を潜り抜けてみる価値はあると思う。 |
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