Critical Space Archive

ミレニアム・ドームで考える
 「007」シリーズの最新作は、時事的な話題をふんだんに盛り込んだ映画である。アゼルバイジャンからトルコまで石油のパイプラインを建設している石油王と娘が主人公なのだが、少女時代に誘拐されたことのある娘は逆に誘拐犯に心理的に依存するようになり(いわゆるストックホルム症候群)、成人してからも彼の言いなりになってついには父まで殺してしまう……。
 なかでも目を引くのは背景だ。最初のシーンはスペインのビルバオが舞台で、ジェイムズ・ボンドが逃走する際に、フランク・ゲーリーの建てたグッゲンハイム美術館ビルバオ分館が映る。次のシーンは、ロンドンのテームズ河岸に新しく建った派手なポストモダン様式のMI6(情報部)本部ビルでの爆発に始まり、そこから女工作員とボンドのボート・チェイスが展開されて、ミレニアム・ドームの近くで気球に乗って逃げようとした女工作員が爆死するところで終わる。建築界の最近の話題もちゃんとおさえてあるというわけだ。
 このミレニアム・ドームというのは、ロンドンの東のグリニッジに今年の1月1日オープンした一種の博覧会場である。リチャード・ロジャーズのデザインは、円く並んで外側に傾斜した12本の鉄柱で東京ドームの倍はあるドームを吊り支えるというきわめてダイナミックなもので、上空から見るとウニのようでもあり、近くから見ると巨大なUFOが着陸したようでもある。そのなかにいくつかのパヴィリオンが立ち並び、中央のアリーナでは大掛かりなスペクタクルが繰り広げられる。ブレア首相が前景気を煽りすぎて最初むしろ不人気だったのが、最近になって人気を盛り返してきた。実際、ドーム全体も個々のパヴィリオンも、大衆娯楽施設としてはそれなりによくできていると言えるだろう。
 たとえば、<マインド(精神)>というパヴィリオンでは、ザハ・ハディドのオフィスがデザインした複雑な折り紙細工のような空間のなかで、試合中のサッカー・チームを一種の集合的な精神としてグラフィックに表示し、アリの巣からインターネットに至る文脈に接合してみせるといった展示が展開されており、前号でも触れたように池田亮司の音響によって聴覚的な方向感喪失を体験させるコーナーも用意されている。博覧会型のマネージメントの圧力によってデザイナーやアーティストの意図が十分に実現できていないのは明らかだが、計画当初の野心だけでも一定の評価に値するだろう。
 普通のパヴィリオンのなかにも、なかなか面白いものがある。フォード社の出した<ジャーニー(旅)>というパヴィリオンでは、交通の発展を自動車に至るまで追ったあと、自動車文明が限界に到達しているという認識が示される。事故、混雑、資源の浪費と環境の汚染……。「数十年後に自動車は禁止されていると思いますか」というような観客アンケートまで組み込まれているのだから、かなり大胆と言うべきではないか。そして、最先端の人間工学を駆使した自転車や義足といった、1970年大阪万博の頃の未来像のなかにはなかったような要素が、大きくフィーチャーされるのである。ボンドが映画でテームズ川での追跡に使った一人乗りジェット・ボートがさりげなく展示されているのも、洒落たジョークと言うべきだろう。もちろん、最終的には、燃料電池を使った水素自動車といった新しい自動車がフィーチャーされるには違いない。それでも、企画者側が、ミレニアムを機にかなり長い展望に立って考え、いわば自動車の自己否定を含む展示を意図していることは認めておいてよい。
 しかし、何よりも問題なのは、今さら言うまでもないことだが、パヴィリオンの立ち並ぶ博覧会という形式がやはり21世紀にはふさわしからぬように思われるということだ。ミレニアム・ドームもまた、21世紀の最初のシンボルというより、20世紀の最後のシンボルとして記憶されることになるだろう。
 ついでに言えば、「自然の叡智」をテーマとしながら「自然破壊」の住宅地開発を意図して内外の批判を浴びた2005年の愛知万博も、まだ旧来の形式を超える博覧会を目指すとは言っているものの、いっそのこと中止した方がすっきりするのではないか。だが、日本国際博覧会協会の動きを見ていると、それどころではないようだ。なんと、6月にオープンするハノーヴァー万博に、和紙でできた電気自動車を出品するというのである。最先端のエコ・カーを出すのならともかく、和紙で包んで「自然にやさしいイメージ」(?)を醸し出した、しかし、雨に濡れると使いものにならないような車を出して、いったいどうなるというのだろう。少なくとも、ミレニアム・ドームのフォード・パヴィリオンのような正攻法の展示と並べてみるとき、「自然の叡智」が薄っぺらなイメージに過ぎないことが誰の目にも明白になることだろう。

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