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『フェルマーの最終定理』(青木薫訳・新潮社)で世紀の証明に至る数学史のドラマを分かりやすく語ってみせたサイモン・シンが、今度は『暗号解読』(原題『コード・ブック』)で「古代エジプトから量子暗号まで」の暗号の歴史をまとめてみせた。前著と同様、興味深い人間ドラマを主体としながら、煩瑣と見えることもいとわず数多くの実例も取り入れて、読者が暗号というテーマに具体的に親しめるようになっている。これまでにもいくつか類書はあるが、読みやすさと具体性の両立という点で、シンの手腕はさすがと言うべきだろう。 |
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もとより、暗号というのはプロの外交官や軍人の領域に属し、一般人とはほとんど縁のないものだった。その閉ざされた領域で、暗号作成者と暗号解読者の密かで熾烈な戦いが歴史を通じて続いてきたことを、シンは雄弁に物語る。カエサルに遡る換字式暗号(アルファベットを何文字かずらせて置き換える)。頻度分析でそれを打ち破ったアラビアやヨーロッパの解読者たち。複数のアルファベットを組み合わせるというアルベルティ以来のアイディアを発展させ、26個のアルファベットを組み合わせることによって強力な暗号をつくりだしたヴィジュネル。さらにそれを打ち破ったバベッジ(コンピュータの先祖のひとつに数えられる階差機関の発明者でもある彼は、しかし、おそらく機密保持のためにヴィジュネル暗号の解読を公表できなかった)とカシスキー。さまざまな分野で名の知られた人々が暗号という閉ざされた領域で展開するドラマは、実に興味深い。ちなみに、シンは、ヤングやシャンポリオンらの古代文字の解読や、ドイルやポーらの文学における「暗号的想像力」*[1]にも説き及んでおり、この本に文化史的な厚みを加えている。 |
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しかし、暗号が時代の前線に踊り出るのは、何といっても、電信が主流になる20世紀の近代戦の時代においてだった。ドイツの開発した暗号機エニグマと、その暗号を解読したイギリスのチーム(コンピュータの概念的基礎を築いたチューリングを含む)の物語は、第二次世界大戦史の決定的に重要な一頁であり、この本でもクライマックスのひとつと言えるだろう。だが、暗号の世界というのは非情なものでもある。チャーチルが、エニグマ暗号を解読していることをドイツに悟られないよう、コヴェントリーの空襲を予知しながら、あえて特別の防空体制をとらず、膨大な犠牲を払って秘密を守りぬいたという説は、確証はないものの、かねてから広く信じられている。それとよく似ているのが、真珠湾攻撃に関するルーズヴェルト陰謀説だ。シンの本でも触れられているように、日本のパープル暗号はアメリカによっていちはやく解読されていた。それにもかかわらず、日本に先手を打たせて、孤立主義に執着するアメリカ国民を参戦へと奮い立たせたかったルーズヴェルトは、真珠湾奇襲を予知しながら、あえて太平洋艦隊を犠牲にしたというわけである。最近出たスティネットの『真珠湾の真実』(文藝春秋)などを見ても、確実な立証には至っていないが、状況証拠は多い。いずれにせよ、こうして振り返ってみると、ドイツや日本は知らぬ間に敵に手の内をさらして戦っていたわけで、物量で負ける以前に情報で負けていたと言うべきだろう。 |
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このように、20世紀になって、暗号は世界史を左右するほどの重要性を帯びるに至った。だが、それを一般人とは無縁なものと考えるべきではない。それどころか、インターネットに代表される電子情報網が日常生活のすみずみまで浸透した今日においては、暗号は日々の暮らしにほとんど不可欠なものとなっているのだ。たとえば、インターネットで買い物をし、代金の支払いのためにクレジット・カードの番号を送信する。そのとき番号は暗号化されて送信されているのであり、さもなければ簡単に傍受されて悪用されかねないだろう。ここでは暗号は情報社会の市民ひとりひとりのプライヴァシーを守る不可欠の武器となるのだ。だが、それは、たとえば圧制と戦う人権運動家にとってと同様、犯罪者にとっても強力な武器となりうる。そこで、政府は、強力な暗号の使用を制限するとか、政府が必要なときに使える「裏口」を暗号にあらかじめ組み込んでおくとかいった対策を講じようとするだろう。それは、しかし、個人のプライヴァシーを政府の干渉から守るという原則に抵触することとなる。こうして、一方で暗号によるプライヴァシーの保護を貫こうとする暗号[サイファー]パンクや暗号[クリプト]アナーキスト*[2]、他方で暗号による無法化をおそれて規制を強化しようとする政府の間で、激しい論争が巻き起こされることになったのである。暗号の秘められた歴史を追ってきたシンの本も、後半、こうしたきわめてアクチュアルな議論へと開かれてゆくことになる。 |
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そこには、興味深い人物が次々に登場する。ヘルマンとともに「公開鍵暗号」という革命的な概念を提示したディフィー。「最初の暗号[サイファー]パンク」と呼ばれる彼は、サン・マイクロシステムズ社に席を置きながら、今も暗号によるプライヴァシーの保護のために積極的に活動している*[3]。あるいは、彼らの概念を特別な一方向関数*[4]によって現実化してみせたリヴェスト、シャミア、アドルマン。彼らが特許をとったRSA暗号は、数学は金と無縁だという常識を覆して、莫大な利益を生み出すことになるだろう。このことを思えば、イギリス人のシンが強調するように、英国政府通信本部の科学者たちが、同じような成果を先にあげていながら、守秘義務ゆえに鳶に油揚をさらわれてしまったというのは、19世紀のバベッジ以上に気の毒な話ではある。あるいはまた、万人がプライヴァシーを保てるようにと、RSA暗号を一般人に使いやすい形にしたPGP(Pretty
Good Privacy)をインターネット上で公開したジマーマン。彼は、特許侵害から始まって何と武器の非合法輸出(なぜなら暗号は強力な武器だから)に至るさまざまな嫌疑で告発され、長い裁判闘争を強いられることになる。こうした群像の織り成すドラマを追っていくことで、読者はアメリカのコンピュータ文化の奥の深さを垣間見られるだろう*[5]。むろん、日本もグローバルなネット社会の中に呑み込まれつつある以上、そこで現れてきた諸問題は日本人にとってもけっして無縁ではない。この本は、暗号という一見特殊な視角からそうした諸問題の核心へと読者を誘ってくれるのである。 |
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こうしてきわめてアクチュアルな問題にまで到達した『暗号解読』は、最終章でさらに未来を目指す。そこで扱われるのは量子計算である。一個のボールは、ゲート1を通るかゲート0を通るか、二つに一つだ。ところが、一個の電子の場合、量子力学的な効果のため、1を通る場合と0を通る場合(有名な思考実験でいえば、シュレディンガーの猫が生きている場合と死んでいる場合)が確率的に重ね合わされることになる。それを利用して、いわばひとつの計算機が巨大な並列計算機として機能し、事実上いつまでも解けないはずだった問題――たとえばRSA暗号を支える素因数分解問題も、短時間で解いてみせるだろうというのだ。この魔法のような理論をこれ以上説明することは不可能なので、興味を持った読者は、ドイッチュ(シンの本にも量子計算理論のチャンピオンとして特異なポートレートがフィーチャーされている)の『世界の究極理論は存在するか』(朝日新聞社)に挑戦していただきたい。そもそも、そんな量子計算機が近い将来に実現できるかどうかもわからないのだが、20世紀初頭に思考実験の対象でしかなかったミクロの世界が21世紀初頭にどうやら人間の手の届くところまで来たのは確かなのであり、量子計算理論の時ならぬブームも、21世紀がいよいよ量子力学の世紀になることを予告しているのかもしれない。そうなると、暗号の世界も大きな影響を受けずにはいられないだろう。量子計算機は、現在の情報社会を支えているRSA暗号の類を、やすやすと打ち破ってしまうかもしれない。だが、それはまた、まったく新しい暗号をも可能にするだろう。こうして、暗号作成者と暗号解読者の闘いは「古代エジプトから量子暗号まで」際限なく続いてゆくことになるのである。 |
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このようなプロセスを、わかりやすく、しかも具体的に通覧してみせるシンの『暗号解読』――原題『コード・ブック』は、とくに新しい知見や意見を含んでいるわけではないものの、いま急速に重要性を増しつつある暗号の世界への恰好の入門書と言えるだろう。それは、錯綜をきわめたIT社会の情報の森に分け入り、思わぬところに潜んだ謎を解読[デコード]していくための、手軽なコード・ブックなのである。 |
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