ポール・ヴァレリー
ドニ・ベルトレ 著 | 松田浩則 訳
ヴァレリー(1871~1945)は、戦前のフランスを代表する詩人・思想家であった。つまり、デカルトの衣鉢を継ぐ者であった。1930年代には、フランスの「知性」を代表し、ジュネーブの国際連盟に属する「知的協力委員会」の議長として、和平のために活動した。むろん、この活動はむなしく敗北に終わり、フランスはナチス・ドイツによって占領されるにいたったのである。フランスが占領から解放された翌年に、ヴァレリーは死去した。
奇妙なことに、ドイツから解放された戦後フランスは、逆に、ドイツ哲学によって占領された。占領はサルトルからラカン、デリダにいたるまで続いた。それが標的としたのは、まさにデカルト=ヴァレリーであった。近年において、ドイツ哲学の占領はようやく終わったようだ。だが、ただちに、ヴァレリーの復権、フランス的知性の回復、というわけにはいかない。それがいかなる歴史的文脈にあったかを見なければならない。
この大部の伝記は、抽象的な「知性」の人、ヴァレリーが本来、政治的には国家主義者であり、反ユダヤ主義者でもあったこと、また、ドイツの占領に協力したペタン元帥と友人であったことなどを、数々の恋愛や社交界の出来事とともに、淡々と記している。
柄谷行人 |2009.1.18 |朝日新聞 書評欄掲載

