人類の足跡10万年全史
小林敏明 著
現生人類の起源に関して、従来二つの説があった。一つは、多地域進化説である。これは世界中の「人種」は、現生人類の祖先であるジャワ原人、北京原人、ネアンデルタール人などからそれぞれ進化し、以後それらが混合しあったというものだ。それに対して、現生人類の起源は単一であるという説があったが、いずれも決め手を欠いていた。ところが、近年の遺伝子学の発展は、長年の論争をまたたくまに終わらせてしまった。すなわち、現生人類の祖先は、アフリカ東部から紅海を越え、南アラビアを経てインドに向かった、数少ない人々であった、という考えがほぼ勝利したのである。
そのカギはつぎの点にあった。ミトコンドリアDNAは母から子に、ほとんど変異することなく伝えられる。さらに、Y染色体も父から男子に、ほとんど変異することなしに伝えられる。現在の各地の人間および古代の人骨から採取したDNA情報を、この二つの視点からしぼりこむと、人類史の系統樹を作製することができる。むろん、それだけでは、現生人類がいつどのように出てきたか、さらに、どのように地球上にひろがったかを理解することはできない。気候変動や火山の噴火などに関する研究、考古学、人類学、言語系統学などが必要だ。とはいえ、遺伝子情報が決め手となったことは疑いない。
学問の歴史において、これほど短期間に長年の論点が解決されてしまうケースはめったにないだろう。にもかかわらず、遺伝子情報が旧来の見方を根本的にくつがえしたとはいえない。本書の著者、オッペンハイマーは、現生人類の「出アフリカ」が、南ルートをとり、且(か)つ一回限りであったということを主張した科学者であるが、それによって、彼は、多地域進化説の根底にあるヨーロッパ中心主義(ヨーロッパ人はクロマニヨン人の子孫であるというような)や人種差別主義が無根拠であることを証明した。また、彼は、現生人類がそれ以前のネアンデルタール人や類人猿などの文化に多くを負うことを示し、人間の飛躍的な卓越性という観念を否定した。だが、このような画期的洞察は、必ずしも遺伝子情報のみによるのではない。むしろ、現代社会に生きて考えてきた経験によるものだ。
そのことは、科学ジャーナリスト、ニコラス・ウェイドの『5万年前 このとき人類の壮大な旅が始まった』(イースト・プレス)という類書を見るとき、明らかとなる。ほぼ同じデータにもとづいたこの本には、オッペンハイマーとは根本的に異なる態度がある。たとえば、アフリカを出た現生人類の祖先が150人ほどだったという説から、ウェイドは、以後、「進化」によって、各「人種」がいかに知的・肉体的に違ってきたかを見ようとする。また、ヨーロッパ系ユダヤ人(アシュケナジ)の知能が高いことを、遺伝子情報から説明する。同じデータと方法からこれほどに違った認識が生じるのを見るかぎり、遺伝子学の発展が人間の思考に「進化」をもたらすとはかぎらない、ということを肝に銘じておく必要がある。
柄谷行人 |2007.9.30 |朝日新聞 書評欄掲載

