ヨーロッパ史入門 市民結社と民主主義 1750--1914

シュテファン=ルートヴィヒ・ホフマン 著 | 山本秀行 訳

 アソシエーションは、日本語では結社と訳されているが、協会、クラブ、ソサエティー、連合、その他さまざまな自発的な社交的組織を意味する。また、アソシエーションには政治的なものもあるが、禁酒協会、体操協会、各種同好会などのように非政治的なものもある。このような結社がアメリカに多いことに注目し、それがアメリカの民主主義を支えていると主張したのが、フランスの貴族出身の思想家、トクヴィルであった。これは、現在の市民社会論が今でも参照する見方である。つまり、それは、市民社会を、ブルジョア社会としてではなく、「市民結社」によって織り成される社会として見るものである。
 本書は、このような市民社会の見方を受け継ぐと同時に、それを深く歴史的に吟味するものだといえる。たとえば、トクヴィルの影響で、ヨーロッパには結社が少ない、また、中産階級が発達しない所では社交的な組織ができない、と考えられてきた。しかし、著者は、18世紀から19世紀にかけて、フランス、ドイツのみならず、資本主義的発展の遅れた中・東欧やロシアにいたるまで、非政治的な結社が流行していたという事実を詳細に示している。それらの結社の中で代表的なものはフリーメーソンである。それは、政治的急進主義ではなく、中立的な社交空間をめざすものであった。啓蒙(けいもう)主義は、フリーメーソンを通して各地に広がった。それ以外にも、さまざまな結社が、民主主義を育てる学校の役割を果たした。
 しかし、本書の第二のポイントは、結社が民主主義を支えるとは決まっていない、ということにある。市民結社は18世紀からはじまったが、歴史的に変容している。18世紀では、結社は身分・階級・民族を超えた社交の場として広がったが、実際には、入会者はエリートに限定されていた。19世紀にはブルジョア中産階級が中心となったが、これも会員を限定していた。結社がより拡大し民主化していったのが、19世紀後半である。しかし、そこから生じたのは、結社の政治化であり、特にナショナリズム化である。少数民族のための結社が続々とできたし、多数派民族の結社もできた。その中には、ナチの前身となった、「国民社会主義ドイツ労働者協会」という結社もある。つまり、市民結社は19世紀末に繁栄の頂点に達したが、その結果、本来の意義を失ってしまったのである。
 市民結社=市民社会は、本来、トランスナショナルである。国家、共同体、階級を超えた個々人の社交であるから。しかし、市民結社は拡大し民主化するにつれて、その逆の傾向に転化してしまった。この問題を考えるためには、市民社会=市民結社とブルジョア社会(資本主義社会)およびネーションとの関係を再考する必要があるだろう。だが、まず本書がそのような問題に気づかせてくれたことを評価しなければならない。

柄谷行人 |2009.5.3  |朝日新聞 書評欄掲載