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「タオルミナ芸術祭で第7回ヨーロッパ演劇賞がピナ・バウシュに授与される、その素晴らしい機会に立ち会うことができて、本当に嬉しく思います。 |
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ただ、日本から来た者として、あえて強調しておきたいことがある。ピナ・バウシュのタンツテアター(ダンス・シアター)は、たんにヨーロッパ的であるにとどまらず、真にコスモポリタンなものだということです。現に、彼女の率いるヴッパタール舞踊団には、世界中から来たダンサーたちがいる。そのレパートリーは、香港で制作された『窓拭き』(フェンスタープッツァー)のような作品を含んでいる。そう、ピナ・バウシュのタンツテアターは、現代のヨーロッパ文化の頂点であるとともに、現代の世界文化の精髄でもあるのです。 |
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そのことを確認した上で、もう少し一般的な視角から話を続けましょう。もっとも、私はダンスや演劇の専門家ではない。ピナ・バウシュの芸術を愛する、ただのもの書きに過ぎない。そのような者として、私はあの恐ろしい経験についてお話ししようと思います。ピナ・バウシュにインタヴューするという経験です。 |
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実際、ご存知のように、ピナ・バウシュにインタヴューするのは大変なことです。彼女が非協力的だというのではない。むしろ、彼女はあくまでも真剣であり、それゆえにインタヴューはますます難しくなるのです。たとえば、ごくありふれた質問から始めるとします。「あなたにとってダンスとは何でしょう?」「あなたはダンスで何を表現しようとしているのでしょう?」 すると、彼女は、俯いて溜息をもらし、沈思黙考し始める。その沈黙はあまりに長く、ついにあなたは何か凡庸なことを口にしないではいられない。「そう、あなたは言葉で表現できないことを身体で表現しているのですね?」 と、彼女は顔を上げ、黙ったまま微笑むでもなく微笑みながらあなたをじっと眺める――続きを待っているかのように。これは恐怖の瞬間です。そして、あなたはまたしても何か凡庸なことを口にせずにはいられません。こうして、ピナ・バウシュをインタヴューするつもりだったあなたは、ピナ・バウシュにインタヴューされている自分を見出すことになります。そして、このコレオグラファーによるダンサーたちへのインタヴューがいかに厳しいものかを理解し始めるのです。そう、ピナ・バウシュのタンツテアターは表現主義の流れを汲むものではありますが、それはいわば主体のない表現主義へと反転されています。そこでは、ピナ・バウシュは、自己を表現するかわりに、ダンサーたちのさまざまな経験を徹底的にサンプリングし、じっくりと煮詰めていくことで、貴腐ワインのようなエキスを抽出してみせるのです。 |
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そういうわけで、私は、ピナ・バウシュにインタヴューするのは無意味に近いという結論に達しました。なすべきことは、ただ、接吻と抱擁のあと、彼女の目をじっと覗き込み、「また会えて本当に良かった」というようなまったく無意味な言葉を口にすることだけです。それでも、あなたは言葉よりずっと大切な何かを確かに受け取ることになる。いったい、それ以上の何が必要だというのでしょう。 |
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さて、私はこれとは正反対のことを、現代のドイツのもうひとりの偉大なコレオグラファーであるウィリアム・フォーサイスとの間で経験しています(ちなみに、先ほど、ロバート・ウィルソンは、ジョージ・バランシンの普遍性と、ピナ・バウシュや彼自身の流れ星のような単独性を対比しましたが、フォーサイスの実験はある意味でバランシンのコレオグラフィーを過激化したものとも言えるでしょう)。どういうわけか、フォーサイスは私が彼を完全に理解していると信じ込んでいて、私の前では、おそろしく抽象的なことを、おそろしく早口で語り続ける。そして、インタヴューの最中は、私もそれを理解しているような気分になっている。ところが、刺激的なインタヴューに満足して彼のもとを去ったあと、私はふと自分が話の内容を何ひとつ覚えていないことに気づくのです。しかし、それもやはり何ら問題ではありません。私の神経回路は高速の概念の流れによって完璧に洗浄され、私は完全に新鮮な気分になっているのです。 |
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このような意味で、私は、ウィリアム・フォーサイスとピナ・バウシュの各々との対話を、紫外線(ウルトラヴァイオレット)と赤外線(インフラレッド)に喩えたことがあります。それらはどちらも目に見えない。ほとんど意味をもたない。それでいて、あなたは言葉よりずっと大切な何かを受け取るのです。そして、それと同じことが、各々の舞台についても言えないでしょうか。一方において、フォーサイスのバレエはあまりに鋭利で、ほとんど可視性の限界を超えてしまう――純粋な線を目で見ることができないように。舞台がはねた後、あなたは具体的なイメージを思い出すことができない。あなたが覚えているのは、演劇的な意味を剥ぎ取られた出来事――アラン・バディウの言うような純粋な出来事に遭遇し、五感を完全に洗浄されたということだけです。他方において、ピナ・バウシュのタンツテアターはあまりに稠密で、限界を逆の方向に超えてしまう。あなたは、舞台の上に見たものを理解することができない。いや、そのパフォーマンスの核心を見たと言えるかどうかも定かではない。それでいて、あなたはきわめて貴重な何かを受け取ったことを知っている。実際、あなたの全身は、ピナ・バウシュの舞台――ほとんどジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの意味での「情動機械」の発する赤外線によってすっかり暖められているではありませんか。それは、言葉を、いや、ほとんど可視性をすら超えたものです。でも、あなたはそれを感じることができる。身体で感じることができる。それこそがピナ・バウシュのタンツテアターの奇蹟なのです。」 |
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5月の初め、シチリアのタオルミナで、ヨーロッパ演劇賞がピナ・バウシュに贈られるのを記念するイヴェントが開かれ、1997年の受賞者であるロバート・ウィルソンや、80年にヴッパタール舞踊団のドキュメンタリー映画を撮ったヴェルナー・シュレーターをはじめ、世界各国から多彩な面々が顔を揃えた。右に掲げたのは、そのとき私が行なったスピーチの一端である。日本からもうひとり参加した楠田枝里子も水際立ったパフォーマンスで大いに会場を沸かせたことを付け加えておこう。 |
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もうひとつ、一日目の日程が終わり、人々が会場の外の広場で談笑していたとき、マフィアとの戦いで勇名を馳せるパレルモ市長レオルカ・オルランドの車が厳重な警備を従えて滑り込んできたのも、忘れがたい一幕だった。再び会場に戻ったわれわれの前で、市長は、ピナ・バウシュの『パレルモ、パレルモ』こそ、真のシチリア・オペラとは何かというピランデッロの問いに対する決定的な解答であると、パトスに溢れる熱弁を振るった。そしてまた外へ出て、広場のカフェで二人を囲んだわれわれのところに、次々と市民たちがやってくる――ある者はコレオグラファーに、ある者は市長に賛辞を述べるために。そう、気がつくと、われわれはみな「タオルミナ、タオルミナ」とでも呼ぶべきパフォーマンスに巻き込まれていたのだ。 |
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しかし、何と言っても素晴らしかったのは、ピナ・バウシュそのひとの挨拶と、講演の代わりに上演されたパフォーマンスである。イヴェントの最後に登壇したピナ・バウシュは、彼女のために踊ったシャンタラというインドの可憐な少女が映画撮影で40頭の象と「共演」した話を引き合いに出し、ここでは自分自身が40頭の象を前にしたシャンタラのような気分だ、と言って笑いを誘った。自分自身をささやかな存在として描きながら、演劇界の大物たちを象に喩えてみせるあたりは、例によって一筋縄ではいかない。後でそう感想を述べた私に、彼女は言った。「あら、あなたももちろん象の一頭よ」。そして、その後で上演された、その名も『スモール・コレクション』というヴッパタール舞踊団のレパートリーからの抜粋の、なんと甘美だったこと! それはまず、『カーネーション』の中の、手話で演じられる「ザ・マン・アイ・ラヴ」(ガーシュイン)に始まる。アンドレイ・ベレジンのパフォーマンスに、オリジナル版でそれを演じたルッツ・フォースターの独特の雰囲気はない。だが、長身のロシア青年の漂わせる哀愁は、それをまた新たな様相のもとに甦らせるのだ。さらに、それに続く若いダンサーたちのパフォーマンス――たとえば『窓拭き』(フェンスタープッツァー)からのいくつかのナンバーの、なんとキュートなこと! そして、昔からのメンバーでありながらますます若々しく見えるドミニク・メルシーの情熱的な踊りで、30分足らずの小品集は締めくくられた。短い、しかし、このうえなく甘美な時間だった。そう、アヴィニョン演劇祭のディレクターであるベルナール・フェーヴル=ダルシエの言ったことは正しい。最近のピナ・バウシュの作品にマンネリズムと退行しか見ないとすれば、それは批評家のシニシズムのせいに過ぎないのであり、実際にそこに見いだすべきは、反復を通した変化と円熟なのである。 |
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最後の夜、タオルミナ湾とエトナ火山を望むホテルのテラスで、いつ果てるともなく宴が続く。そこでふとピナ・バウシュと二人きりになった私は、例によって「また会えて本当に良かった」と言いながら見つめあった。「素敵なことは、すぐ後に日本でまた会えることよ」。そう、この号が出る頃はちょうどピナ・バウシュとヴッパタール舞踊団の日本公演の最中だろう。それが誰にとっても忘れがたい経験になるであろうことを、私は疑わない。 |
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