Critical Space Archive

20世紀を総括する――ゴダールの『映画史』
 ジャン=リュック・ゴダールが1988年から10年以上の歳月を費やして完成させた『映画史』がついに日本でも公開された。全8巻、計4時間半にも及ぶこの作品は、100年あまりの映画の歴史を総括するとともに、それを通じてすぐれて映像の世紀でもあった20世紀の歴史そのものを総括しようとする、野心的な超大作だ。「すべては終わった、終わることさえ終わった」というあいまいなシニシズムのうちに雲散霧消していくかに見えたわれわれの世紀は、『映画史』においてついに最後の偉大なモニュメントを与えられたのである。
 「なんという上演か、世界がそこに含まれている」。世界全体を含む<書物>の夢を語ったこのマラルメの言葉(ゴダールもかつてジルボーのCMで引用したことがある)を、いまやゴダールは映画によって実現したとさえ言えるのではないか。そこでは、古今東西の映画の断片が現実の映像の断片とともにモンタージュされ、万華鏡のような総体を織り成してゆくのだ。チャップリンとヒトラーが交錯し、ロッセリーニの『ドイツ零年』で廃墟と化したベルリンをさまよう少年の顔とゴダール自身の子供時代の顔が重なり合う。ストラヴィンスキーやバルトークの音楽がノイズに遮られながら断続し、自作を読むツェランの声とパウンドの声が響き合う。そこには、20世紀の希望と絶望、愛と憎悪のすべてが、個々のストーリーから切り取られた純粋状態で、しかもおそるべき密度をもって詰め込まれており、観る者を異様な感動で満たさずにはおかない。そうだ、われわれは確かにこのような世紀を生きてきたのだ、ああ、それは何という世紀だったことか……。
 振り返ってみれば、ゴダールをはじめとするヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たちは、20世紀の、したがってまた映画史のほぼ中間点に登場し、いわばメタ映画としての映画を撮り始めたのだった。あらゆる映画はすでに撮られている、だからこそ引用やパロディを重ねながらまったく新しい映画を撮らねばならない……。それは映画というメディアの自己批判を通じた再構築の試みだったのである。こうしてみると、ゴダールがそこから『映画史』に至ったのも不思議ではない。とはいえ、ヌーヴェル・ヴァーグ以後の多くの映画作家たちが引用とパロディを繰り返しながら徐々に衰弱してゆくなかで、なぜゴダールだけがそこまで行き着けたのか。
 しかし、まず思い出しておくべきは、60年代末から70年代初めにかけて、もっとも過激な実験を敢行し、その代償としてもっとも過酷な衰弱を強いられたのが、ほかならぬゴダールだったということだ。映画の自己批判を果敢に推し進めたゴダールは、68年の5月革命の段階で集団制作によるアジビラ映画にまで到達し、その延長上で70年にはパレスチナに行って『勝利まで』という映画を撮ろうとする。しかし、集団制作はうまくいかず、パレスチナでフィルムに収めた戦士たちもやがてみな殺されてしまう。そして、映画界の表舞台から姿を消し、ひとり死者たちの映像と向かい合う中から、ゴダールは『ヒア&ゼア こことよそ』(75年)という作品を生み出したのだった。たとえば、足立正生の『赤軍‐PFLP・世界戦争宣言』(71年)では、「ゼア」のパレスチナ解放人民戦線の闘争と「ヒア」の日本共産主義者同盟赤軍派の集会が「世界戦争」の幻想の中で結び付けられる。結局のところ、それはロマン主義的な同一化でしかない。ところが、ゴダールは、「よそ」で戦っていたパレスチナ・ゲリラと「ここ」フランスでTVを観ているプチブル家庭の間の埋めることのできない距離――ドゥルーズの評言にならって言えば、その間にある「&」こそを、主題化しているのだ。すでに『ベトナムから遠く離れて』(67年)などで明らかだったそのような視点を『ヒア&ゼア』で明確化することにより、ゴダールは、過激な批判精神を失うことなく、しかも極左ロマン主義への無媒介的埋没を回避して、メディア(媒介)の政治学の実践を続けることができたのである。同時期にヴィデオによる映画の分析を導入してからますます深化したその実践の頂点とも言える『映画史』、とくにゴダール自身の内省的な自画像という面をもつ最終巻の終わり近くで『ヒア&ゼア』が引用されているのは、だから、ただの偶然ではない。ゴダールはそこで、その映像をナチスの強制収容所の映像とつなげ、ナチス・ドイツとユダヤ人の間で起こったことがイスラエルとパレスチナ人の間で反復されるという今世紀の歴史の最大のスキャンダルを4半世紀以上たった今も執拗に問い続ける。華麗な万華鏡のような『映画史』を貫いているのは、このおそるべき持続力以外のなにものでもない。
 このようなゴダールの歩みは、より広い文化史的文脈でも希有な例と言えよう。多くの領域で、今世紀を通して前進してきたモダニズムは、60年代末に沸騰状態に達する。ある者はその中で過激化したあげく燃え尽き、ある者はその後ポストモダンと呼ばれる引用とパロディのゲームに転進して徐々に衰弱していった。その中で、68年以後、徹底的な衰弱を潜り抜けて自己を作り直してみせたゴダールのような存在だけが、現在に至るまでラディカルな実践を続けることができたのだ。それを別の形でのモダニズムの継続と呼ぶか真のポストモダニズムと呼ぶかは、さしあたって言葉の問題でしかない。重要なのは、そのようなゴダールの歩みが、いま、『映画史』という比類ない作品――今世紀を総括し、そのことで来世紀への扉を開く巨大なモニュメントに結実したということである。もちろん、これで映画が終わったわけではない。とくに、さまざまな問題と直面した人々(たとえばアジアの人々、たとえば女性や性的マイノリティ)は、形式的に新しいわけではない、しかし内容的には切実な映画を撮っているし、これからも撮るだろう。あるいは、とくにアメリカなどでは、これまでの映画史とは切れたところで、むしろコンピュータ・ゲームのような感覚をもって映画が撮られるようになってきたし、これからますますそうなってゆくだろう。しかし、ゴダールの『映画史』をもって、われわれの親しんできたあの映画という芸術の歴史がしめくくられたことは、否定しがたい事実なのである。
 2000年のカンヌ映画祭は、ゴダールの15分の短篇によって始まった。『映画史』でモンタージュの極限をきわめたゴダールは、いまや同じことをさりげなく語れる境地に到達したかのようだ。大きく見開いた子供の目の前を、凄惨な戦争と死の映像やポルノグラフィックな性行為の映像が、あくまでも透明なピアノのミニマル・ミュージックに乗って断続的に流れてゆく。残酷にして無垢、猥褻にして清冽な15分間。タイトルを『21世紀の起源』という。

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