Critical Space Archive

青来有一と吉田修一
 奥泉光・島田雅彦・辻原登・山田詠美と私が文學界新人賞の選考にあたるようになって、もうずいぶんになるが、すぐれた新人小説家は稀だし、新人賞の受賞後も順調に伸びてゆく例はさらに稀だ。その点、われわれにとって最初の受賞者である青来有一がついに芥川賞を受賞して『聖水』が本になり(文藝春秋刊)、もうひとりの受賞者である吉田修一の『熱帯魚』(同)が芥川賞は逃したものの『最後の息子』(同)に続いて本になったことは、パトロナイズする意図などまったく持たないわれわれにとっても、たいへん嬉しいことだ。青来有一の作品は、キリシタン弾圧や被爆などの記憶が重なる長崎を舞台に、複雑な構造をもった本格小説に挑戦したもの。それぞれ力作ではあるのだが、決定的な人物の言葉――たとえば巻頭の「ジェロニモの十字架」に出てくる少しおかしなジェロニモ叔父の言葉にもっと特異な力を与えることができれば、まだ優等生の域を出ない現在の水準をさらに突き抜けることができるのではないか。他方、吉田修一の作品は、優しいようで残酷な現在の若者の心理を剥き出しに描いたもので、オカマと同棲する若い男を主人公にした「最後の息子」がなかなか面白かっただけに、その後やや低迷している印象を受けもしたのだが、今回の「熱帯魚」は、バカなところが魅力の大工の若者を主人公にした新しい「人情物」といったところで、構成上のいくつかの難点に目をつぶればとても面白く読める。流行のJ文学などと比べれば、彼らの小説はやや古く見えるかもしれない。しかし、そこに小説ならではの面白さがあることは否定しがたい事実なのだ。彼らが流行に惑わされることなくそれぞれ自分の道を進んでゆくことを心から期待する。

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