Critical Space Archive

ゴダール/ゴラン
 ジャン=リュック・ゴダールが1964年に撮った「はなればなれに」がやっと日本で公開された。若々しい感覚に満ちた、いかにもおシャレな映画。アメリカ人観光客より速く美術館を見てやろうというので3人の若者がルーヴルの中を全速で走り抜けていくシークエンスなどは、いま観ても実に新鮮だ。そのゴダールは、しかし、1968年前後に急激に左傾化し、「革命の映画」と「映画の革命」を同時に追求するようになるだろう。その時期の頂点のひとつである1969年の「東風」が久しぶりに日本で公開される(2月17日から渋谷のシネセゾンで。<浅田彰セレクション>と銘打ったレイトショーのシリーズの一環で、初日には松浦寿輝と私のオープニング・トークも予定されている)。1969年に<ジガ・ヴェルトフ集団>(ゴダールがジャン=ピエール・ゴランと結成したグループ)がイタリアで撮ったこの作品では、前にも触れた通り、まばゆい光の中で西部劇のパロディが展開されると同時に、それが赤や黒の画面で中断されたり、フィルムがわざと傷つけられてほとんど見えなくなったりというように、映画という媒体の自己破壊に近いまでの自己批判が展開されることになる。それは、息を呑むほどにカラフルで暴力的なまでに過酷な、映画の臨界点なのである。わずか5年で「はなればなれに」から「東風」まで行き着いたゴダールの疾走を、30数年後の日本で追体験してみるのも、意味のないことではないだろう。なお、広島県佐木島のスタジオ・マラパルテでは、3月17日からゴランを招いてセミナーとワークショップが開催される予定であり、私も3月17・18日に参加する。ゴダールと革命の時期を共にしたゴランに当時の話を聞くことができれば、それだけでも面白いのではないだろうか。

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