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妹インドラへ/リービ英雄
 メッセージをありがとう。
 生まれてはじめてインターネットに載せるためのメッセージを、満寿屋の原稿用紙でつづりながら、東京やニューヨークで君と会って、そのとき話したことを色々と思い出す。
 九月十一日、ニューヨークへ行こうとして、経由地のバンクーバーで足止めされた日、カナダの入国官に事情を説明したとき、「とにかくニューヨークの妹にすぐ電話しなさい」と言われた。久しぶりに耳に入った生の英語はYou better call your sister in New York、ということばだった。
 縁もゆかりもない国に足止めされた(二十世紀の戦争によってそんな動きがどれだけあったことか)。東京とニューヨークと、東アジアの二、三の大都市の間に生きてきた自分が、「その他」の地方都市のホテル室にとじこもるハメとなり、三日間で八十回、「ニューヨークの妹」に、電話しようとしながら、まさに生のアメリカのメディアを消費するときとなった。
 三日目にはようやく君の声を聞いた。どれだけうれしかったことか。そして君のいる都市がどれだけ悲惨な状況にあるのかも、声を聞きながら想像をした。
 それから四日間、ひとりでCNNを見て、ニューヨークタイムスを読んだ。
 その前の週にいた中国の描写を、日本語で書こうとした。バンクーバーでは日本語の原稿用紙は買えた(満寿屋ではなくコクヨですが)。中国の旅のディテイールを、日本語でつづろうとした。九月十一日、成田で飛行機に乗る日まで、ぼくは「島国と大陸」、というよりも、「島国のことばと大陸」のことばかり考えていたのである。
 CNNは、それとは違った主張をしていた。違った巨大な「ノンフィクション」のディテイールを、朝から晩まで、流していた。こちらの島国と、こちら側の「大陸」は、その巨大な「ノンフィクション」には、まったくと言っていいぐらい、入っていなかった。
 ニューヨーカー、そしてアフガン人からすれば、何でもないことでしょう。東京に帰ってから、その「何でもなさ」について、よくよく考えてきたつもりですが。
 一九八〇年代にニューヨークへ渡った中上健次は、確かに、ニューヨークはアメリカから「浮遊」している、と言った。今度の惨事によって「浮遊」しなくなり、ブッシュなどが代表するあの「アメリカ」に還元されてしまった、と心配することもあったのだが、それでも「ニューヨークの妹に電話しなさい」ということばは、「ロスの妹に電話しなさい」とか「デンバーの妹に電話しなさい」とは、ニュアンス以上に、声の響きそのものが違うんですね。
 また近いうちにニューヨークへ行くから、ブルックリンにある君のアパートで、本物の「世界の中の日本語」について、話しをしましょう。お元気で。
兄リービ英雄より 

※ この論文には以下のレスポンスが付いています。

 ▼ リービ英雄とその妹インドラ・リービの往復書簡/インドラ・リービ(2002/01/18)
  △ Re: 妹インドラへ/リービ英雄(2002/02/02)


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