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 この書物は極めてみずみずしい。それは、柄谷行人の思考が私に深く食い込んでいるせいで生じる印象ではありえない。今日の柄谷が、その知的な荒淫と粗暴な言動においてフョードル・カラマーゾフに酷似しているとしたら、「思想はいかに可能か」の熱狂を隠した明晰さは、初春の若芽のようなイヴァンを読者全てに想起させずにいない。だがまさにそのゆえに、本書の洞察は、それが徹底的である限り回避不能な一個の死角をも露出させていく。

 まず確認すべきは、柄谷がこの処女論文の主題を、後年何度も自覚的に反芻していることだ。「「思想はいかに可能か」という評論は、ある三角形のイメージにもとづいていて、その三点が互いに他を超越する循環を形成するようになっており、結論として「不可能である」ことを証明することになっている」(「受賞の頃」)「日本でものを考えようと思ったら、その中点に行かないとだめではないかと、あとから逆に居直って思うようになりましたね。(略)ぼくが大学院生の頃だけど、『東大新聞』に五月祭賞という懸賞論文があって、ぼくが最初に書いた論文が載ったんですよ。その時に、ぼくは三角形をつくって、「思想は如何に可能か」とやった。結論は、不可能なんだけれどね。それも、結局、中点について書いたわけ」(『ポスト・モダニズム批判』、笠井潔との対談)。だが「中点」(中心)とは何か。この論文が「思想」は「不可能である」ことを証明したとして(私はこの本人の要約が適切だとは思わないが)、柄谷自身はその時どこにいたか。

 厳密に考えよう。柄谷がこの論文で問いつくすのは、「現実」と「幻想」の「逆立」において思想がとりうる葛藤の諸形式である。大まかに言えば、明晰(=三島)は「幻想」を「現実」へ還元し、自立(=吉本)は逆に「幻想」をそれ自らを揚棄する垂直性へと徹底化させ、成熟(=江藤)は「幻想」と「現実」の二律背反的な緊張を生きており、三者はまさにこの差異ゆえに、互いに対して決して超越的にはなれない他者性にさらされる。――以上の議論には全く隙がない。柄谷が論じる通り、「現実的な秩序と幻想的な秩序の逆立する関係に於て、思惟のとりうる様式は極言すれば三通りしかない。従ってある思想が他の思想を批判する仕方も窮極的には三通りしかありえない」。のみならず、「だれも一人でこの三極を所有することは出来ない。それは神のようになることであり、つまりは自己幻影に酔うことである」。換言すれば、「三通り」を分析する柄谷の場所は、実体的に指示できる四番目の位置でもなければ、全てを包括する超越的な位置でもない。そう考えることは逆に根底的な錯誤に陥ることである。だから柄谷は書く、「最後に大切な問いが一つだけ残っている、「自分は何者か」という問いが」。分析がその帰結において、自らの錯覚の「自己検証」を強いなければ、その分析自体が失敗なのだ。だが繰り返すが、この時柄谷はどこにいたか。こうした自己検証を自らに(そして読者に)促すために、「中点」に立つ柄谷の試みは適切だったといえるのか。

 この問いに直接答える前に、確認すべきことがある。それは、明晰/自立/成熟の担い手達が柄谷の構図において三角形の各頂点(あるいは一辺)に配置されているとしても、彼らもまた固有の仕方で三角形の「中点」にいた、という事実である。事実、というのが言いすぎだとしても、我々はまずこの蓋然性を熟慮すべきだ(たとえば、「マチウ書試論」における吉本隆明は、柄谷に先行しかつ決定的な影響を及ぼす仕方で、秩序に対して人間がとりうる型は三つしかない、と書いている)。最小限、いかなる様式を選ぼうと、「現実」と「幻想」を決して混同せずに区別し続ける姿勢において、この三者は完全に一致している。だからこそ柄谷は翌年次のように書いた。「先ず胃痛を胃痛として「確証」することなくして、現実的な治療がありえようか。いかに治療法を原理的に知っていても、先ず痛みを胃の痛みとして認識することがなくては何の役にも立ちはしない。江藤や三島には少なくとも「疎外の確証」がなされており彼らに対する批判者にはそれが欠けている」(「新しい哲学」)。
 「中点」に立つとは、「現実」と「幻想」を分離することだ。少くともそれが必要条件だ。明晰/自立/成熟の差異は、この「分離」を貫徹するために払った様式上の事柄でしかない。比喩的に言えば、それは三角形の内心/外心/重心のどれもが「中点」(中心)に変りないのと同じだ。柄谷が、思想を思想たらしめる困難を「分離」に見たことは、本書の残余の考察全てで明らかである。一例だけを引くが、読者は「現代批評の陥穽」や「サドの自然概念に関するノート」をも自分であたってほしい。「ボールドウィンのエッセイを、アメリカ人としては例外的に透徹したものにしているのは、くりかえしていえば、個人的な意志(「憎悪や絶望」)の位相と、意志をこえた関係や構造の位相を明晰に区別し、また区別を持続しようとする決意である。そしてこういう決意には必ずなにものかの断念が不可欠なのであって、さしあたりわれわれは「アメリカの息子のノート」というエッセイの中にそれをたどることができると思う」(「「アメリカの息子のノート」のノート」、傍点柄谷)。

 だが、問題はこれで終らない。三者の認識がある水準では完全に一致しており、彼らが「中点」にありうる必要条件を満たしているにせよ、なぜその具体的な様式が決定的に隔絶し、各人が各「頂点」にあるほかなかったか、という疑問は依然残っている。内心と外心と重心はやはり違うのだ。何がこの差異を生むか。言うまでもなく、それは自明だが決定的な事実、――人間がいかに徹底的な「分離」を試みようが、彼はそれを思い通りにでなく、所与の偶然的な「現実」と「幻想」に翻弄される限りでそうする、という事実によっている。「現実」は我々を脅かし、しかもそれが揚棄されない限りで、「幻想」=「憎悪や絶望」の誘惑をも我々は断ち切ることができない。この二重の困難の下で、なお両者の「分離」を試みるために、明晰/自立/成熟の担い手達は、自己の偶然的な生存をある特定の様式として実行するほかなかった。その代償を払わなければ、「分離」を瞬間的なものでなく、持続的に血肉化した試行へ化すことは彼らには不可能だった。それは絶えざる実践的な解決なのだ。もはや、単に「中点」に立つことが問題ではない。最大の困難は、ある特定の「頂点」を、――「中点」でなく「頂点」を生かされることによってしか、我々が「中点」に立ち続けられない現実にある。生身の三島や吉本や江藤に、それがどこまでできたかはここでの問題ではない。

 「思想はいかに可能か」という問いを、「時間」に投げ込まれた個体の実践的位相を踏まえて再検討すべきなのはこの地点においてだ。次の一文に自ら傍点を付する時、柄谷も確かにそれを熟知しているようにみえる。「ボールドウィンにしろ、マルクスにしろ、絶対的な〈関係〉の洞察の位相と、個人的に不透明な「憎悪や絶望」の位相とを、区別しながらそれを持続するということは、至難のわざである」(傍点柄谷)。そして、本書の「自然過程論」こそ、この再検討に応えうる考察だといっていい。だが、率直に言えば、私はその内容に十分には満足しない。特に、リースマンの社会区分に即して世代論的に物事を語る個所はやや軽薄で、ポストモダニズムをめぐる今日の社会学者や心理学者の講釈と選ぶ所がない。問題の核心を回避する者の議論が下らないのは、柄谷であれ誰であれ同じだ。むしろ柄谷の洞察は、「自然過程論」執筆直後に行われた、吉本隆明との討論に明晰に示されている。
吉本 それじゃ、どういうふうにして生理的な年齢に抗して若さを獲得しうるか、と考えますよね。これは実感的方法だから論理はつけないですが、ともすれば自分より若い人を理解しようとするじゃないの。そういうふうになったらアウトだと思って、わりと意志的に脇目もふらず、そういう余裕はないと自己限定しまして、かろうじて生理的年齢に抗しているところがありますね。(略)
柄谷 そのやみくもにやっちゃうというのは、吉本さんは意志としてみなされておられるけれども、あまり意志でもないのじゃないかと思うんですね。やはり、衝迫でしょう。そういう問題があるんじゃないかと思います。どこから、その衝迫はくるか。そう考えると、生理というのと意識というのとは、分離できないんじゃないかと思うんです。(略)最近、ぼくが思うには、生理という問題、生理に揺すぶられるという問題は、吉本さんの内部ではかなり消滅している感じがするんですよ。
(「批評家の生と死」、『ダイアローグ I
 柄谷は確かに吉本の盲点を正確につかんだ。吉本が意志によって自然を超えようとする時、それでは決して自然を回避できない、逆に意志への固執自体、吉本が自然過程へ呑みこまれつつある事態の暗示でしかない、と答えているからだ。互いの間に後年の妙なわだかまりがない分、この批評はかえって痛烈である。――では、柄谷自身はこの時別個の盲点に陥っていないのか。彼は吉本の意志を平然と切り捨てる。だが、時間の内部で実践的=「実感的」に語る限り、全ての意志をカッコ入れすること自体を、個体はなお「意志」=「自己限定」と呼ぶほかあるまい。それこそが吉本の主張ではなかったか。もう一度、以下の引用を読んでほしい。「ボールドウィンのエッセイを、アメリカ人としては例外的に透徹したものにしているのは、くりかえしていえば、個人的な意志(「憎悪や絶望」)の位相と、意志をこえた関係や構造の位相を明晰に区別し、また区別を持続しようとする決意である」(傍点引用者)。
 ここで、文章の後半の「決意」は、その前の「個人的な意志」とは位相が違う。だが、だとしてもこの一文は、ある場合(認識の水準を逸脱する場合)には柄谷自身、「衝迫」でなく「決意」というまぎらわしい言葉使いを余儀なくされることを明示している。同様に、吉本も柄谷に向って言い得たはずだ。――いかに意志的に反逆しようと覆せない「関係」=「自然過程」があるのは認める。だがまさにその洞察のゆえに、私が「意志」=「自己限定」において、君が「決意」=「断念」において試みるほかない、「分離」の実践的な位相があることも疑うことはできない、と。「頂点」における実践の言葉を、「中点」における認識の言葉で切りとる限り、柄谷もまた吉本とは逆の越権に陥る以外ない。一読すればわかるが、この対談では様々な事柄が柄谷に見えており、吉本にはそうでない。だが、「見えている」程度のことが一体何なのか。それは、後者が「頂点」において生の混乱を生かされており、前者がその覚悟なしで「中点」に立った気でいることしか意味していない。「頂点」を実践的に強いられる限り、いかに僅かなものしか我々が自力で獲得できないかは、正直に自分の胸に問えば自明なはずだ。疑いなく、この数年後に生じる両者の衝突で、柄谷の「中点」がいかなる盲点を含むかを、吉本ははっきりつかんでいた(それについては別の場所で書く)。現実の吉本が、その核心を単なる怨恨に解消してしまうとしても。あるいは、「中点」の洞察の後になお到来する「意志」と、何についても書きまくる我意を錯覚することで、八十年代の吉本が自滅していったとしても。

 ついでに書けば、この「時間」の繰り込みの不徹底が何を柄谷の思考にもたらしたか、私はその一端をすでに「有島武郎のグリンプス」(批評空間掲載)で書いている。だが、もはや問題が柄谷だけにとどまるとは思わない。私にできるのは、何かを捨象した所に生じる自己欺瞞の全てを、平等にかつ証拠つきで清掃することだけだ。さしあたり、ここでは以上の考察を精神上のパラドクスとして要約しよう。――個体が、様々なる意匠としての「頂点」の認識に終始したまま、自らの位相としての「中点」に直接言明する時(それを「場所」と呼ぼうと「間」と呼ぼうと同じである)、その思考は何かを獲得したかにみえて、結局は契機主義的なイロニーに転落するほかない。逆に、いずれであれ一つの「頂点」に固執しそこでの「意志」=「断念」を限定的かつ持続的に生きさせられる限りで、「現実」と「幻想」を分離し結果的に「中点」に立つことがはじめて可能になる、と。
(最後に私的な感想を述べる。私は、「意識と自然」の初稿も含めて、本書に収録されている論文のほとんどを、昔初出を探して読んだ。特に「思想はいかに可能か」は、ある事情で全てを手書きで書き写した。その結果、「自己検証」や「自己批評」等の語彙が、今でも自分の文章に無意識に現れる事態には赤面するだけだ。だが、もどかしい気持から故意に切り捨てたものもある。接続語「ところで」「さて」が一例だ。この頻用は、柄谷の発想を一方でスターンのように自在かつ奔放にしているが、事柄そのものへの求心力が不可欠な場所では、文章の結像力を極めて散漫にしている。)(2002.4.12)

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