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1966年、東大新聞の五月祭賞で、25歳の青年の書いた「思想はいかに可能か」という論文が佳作となる。三島由紀夫/吉本隆明/江藤淳という当時もっとも注目されていた文学者たちの思想を「明晰」/「自立」/「成熟」の三角関係において見事に構造化し、それら三極を上から総合する視点を否定しつつも、いわばどこにもない中点のようなところに自らの批評の場所を見いだそうとする、驚くほどシャープな論文だ。36年後のいま初めて『柄谷行人初期論文集』(批評空間)の巻頭論文として刊行されたこの処女作は、批評家・柄谷行人の誕生を示すモニュメントである。 |
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実際、そこには柄谷行人の思考の基本的な構造が現れていると言ってよい。とくに、三極構造(たとえばカントの三批判に対応するような)を設定し、どこにもない中点に批評の「場所」を見出すという戦略*[1]。もっとも、2001年の『トランスクリティーク』(批評空間)の前後から、柄谷行人は、そのようなどこにもない場所からのネガティヴな批評に飽きたらず、むしろ社会変革のためのポジティヴな構想が必要だと考えるようになる。そこで打ち出されたのが、市場/共同体/国家(資本制国民国家という形で統合された)のいずれとも原理を異にするアソシエーションという概念であり、資本と国家に対抗してそれを実現していこうという
New Associationist
Movement である。だが、柄谷行人がたんなる社会運動家になったと思ったら大きな間違いだ。現に、市場(交換)/共同体(贈与)/国家(再分配)の三極構造を設定し、そのいずれでもないものとしてのアソシエーションを目指すという構図は、まさに「思想はいかに可能か」の構図と同じではないか*[2]。むろん、柄谷行人は、アソシエーションを不在の中点にとどめることなく、地域通貨
LETS などによって具体化していこうとするだろう。だが、それは徹底的な批評家であることによって社会運動家になることなのであり、批評家をやめることではまったくないのである。 |
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最後に、この本の最終章についてひとこと。1972年、サドを特集した『ユリイカ』の4月号を、15歳の少年が興味本位で手にする。思ったほどエロティックな内容ではなかったけれど、なかなか面白い。とくに、柄谷行人(この名前は一体どう読むのか?)という人の「サドの自然概念に関するノート」は、異様に明晰なのに、安易な理解をはねつけるところがあって、どうも気になる。もちろん、少年――つまり私は、後に柄谷行人と『批評空間』の編集委員を務めるようになろうとは夢にも思っていない……。さて、今日、25歳の大学院生は、いや、15歳の少年は、この本をどう読むだろうか。反発するならそれでもいい。とにかく、とりわけそういう若い読者に、ライヴァルに挑むような気持ちでぜひ読んで欲しいと思う。 |
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付記:これは i-critique の原稿(3月26日配信分)に加筆したものである。 |
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