Web CRITIQUE

 来日時、あれほど熱心に政治における実践の必要性について繰り返し語りながら、マッシモ・カッチャーリはほかならなぬ政治に倦み疲れているように見えた。
 無理もない。自らが所属する政治グループ「民主主義者」を含む「オリーヴの木」中道4党の連合組織「マルゲリータ」の結成大会に出席後、彼はあわただしく日本に向かったのだから。これは実現までに数年を要したプロジェクトだった、とカッチャーリは語っていた。ヴェネツィア市長や一政治家として代表してきたいくつもの政治キャンペーンについて、「もうこの類のことは沢山だ」といった発言もあり、旅の疲れによるものばかりではない、深い疲労が感じられた。
 それゆえ、イタリアに帰国したカッチャーリが政界からの引退を公言したことは、さほどの驚きではなかった。きわめて抽象度の高い思索と政治的実務を両立させること自体がはなはだしい緊張を伴い、この精力的な人物(彼はほとんど食事というものを摂らない)すら、消耗させたのだろうか。
 日本への招聘は、哲学者・政治家カッチャーリにおける、政治と哲学との間の亀裂、理論と実践との齟齬にこそ関心があって企画されたものだった。『批評空間』4号のインタビューでは――カッチャーリ自身がアビ・ヴァールブルクについての対話を望んだこともあり――結果的にこの裂け目が「*」という記号で刻み込まれることになった。このインタビューを通して、カッチャーリの思想そのものがこうした「対立物の共存」をめぐる「アナロジーの論理学」に向かっている点を確認できたことは、ひとつの収穫だったと言ってよい。
 しかし、ノーノとの共同制作をはじめとする1980年代の業績に最も刺激を受けたわたしにとって、来日時(特に4月1日に東京大学教養学部でおこなわれたコロッキウム)のカッチャーリが見せたハイデガーへの傾倒は、予想以上のものだった。「現代都市の哲学」をめぐる講演にも、ハイデガーの思考の谺が明瞭に聞き取れる。逆に、ベンヤミンの強い影響下に出発し、かつ都市を論じているにもかかわらず、『パサージュ論』のような仕事にはほとんど言及することがない。
 ヴァールブルクについて語り合いながら、わたしはカッチャーリ自身もまた、書斎の学者ではなく、過去や記憶という魔に憑かれたマニアの人、「マニア・エロティケ」の人ではないかと感じていた。この哲学者の魅力は、『世紀転換期のウィーン』におけるように、音楽や建築、文学などの作品分析を通して、ほとんど「マニアック」かつアナロジカルに、そのさまざまな「語法」にみずからを合わせ、いわばプロテウス的に変身してゆく思考の運動にある。だが、それがいったんハイデガー哲学の「語法」に調律されると、自家中毒めいた閉塞感を帯びてしまうと感じるのは、わたしが哲学者ではないからに過ぎないのだろうか。
 ベンヤミンは『パサージュ論』における数少ないハイデガーへの言及で、「イメージ」を現象学の「本質性」(たとえば歴史の「歴史性」)と区別する点として、イメージに宿る「歴史的な指標(インデックス)」を挙げていた。カッチャーリの基調講演を聴いている間、「現代」という歴史的な規定を受けた都市について語っていながら、そこに欠けているように思われてならなかったものが、この「歴史的な指標」にほかならない。
 シンポジウムでは、こうした「指標」がさまざまな角度から提起されたように思う。その議論のなかでとりわけ興味深かったのは、ヨーロッパ人には海を等質的で不毛なグローバリゼーションのメタファーにすることはできない、というカッチャーリの発言だった。これは島々が時には海底に沈み、やがてまた隆起することもあるという、プレートテクトニクス的な変化のダイナミズムを孕んだ群島のイメージにも通じている(ドゥルーズの無人島論における「陸島」と「洋島」とのテクトニクス的な区別が連想される)。まさにそのような変動に晒された大地にこそ建築を構築する、という意志がすなわち、カッチャーリにとっては、決定不能性のただなかにおける決断への意志なのだ。
 それは実に首尾一貫した堅固な意志ではある。だからこそ、ダニエル・リベスキンドを招聘できていれば、そんな意志を揺るがすもうひとつの対抗軸が立てられたのかもしれない、と残念にも思う。わたし自身のリベスキンド論は、しかし、両者を拮抗させるものと言うよりも、カッチャーリの議論をむしろ手がかりにして、現代のユダヤ系文化がもつ「典型性」の問題に接近する試みとなった。そこで示したように、世紀転換期の中欧ユダヤ系文化やジャベスをめぐるカッチャーリの分析は、リベスキンドの建築と――意図することなく――アナロジカルな関係を結んでいる。だが、建築や都市に関わる彼らの思考は、恐らくどこかで明確に分かれてゆくことになるはずだ。なぜなら、カッチャーリはノマドにすら絨毯という家があると述べるのに対し、リベスキンドにとっての問題は、われわれは家に帰ることができるかもしれないが、家には帰るべき場所がない、という点にあるのだから。さらに言えば、「群島」という理論的モデルによって見えなくされている類の「歴史的な指標」を、イメージとしてもたらそうとするものこそがリベスキンドの建築なのだから。
 こうした差異が両者の決定的な分岐点となるかどうかはまだわからない。いずれにせよ、『必要なる天使』日本語版に寄せられた序文でカッチャーリが言うように、明白な差異こそが持続的な対話の前提なのだとすれば、構築的決断(カッチャーリ)と決断の脱構築(リベスキンド)との際どい異質性そのものが、建築と都市をめぐる思考を刺激してやまないのである。(6月21日記。なお、文中、敬称はすべて略した。)
Before- & Afterimages: TANAKA Jun's Site

PREVPAGE TOP
Copyright © 2002 Critical Space Organization.  All rights reserved.
Web CRITIQUE に戻る Web CRITIQUE に戻る
Top Page に戻る Top Page に戻る