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 今日、後期資本主義が駆動させている地政学的な政治経済的ダイナミズムが、視覚的想像力にまで及んでいて、さらにはその現実化において温度差のある偏向を与えていっていることは見逃されるべき事柄ではない。9・11以来、ありとあらゆるジャーナリズムで激しく流通している言説のひとつに「世界が変わった日(the day the world changed)」というフレーズがあるが、よく知られているように、それは、事件直後に出版されたEconomist誌の巻頭社説のタイトルがひとつの発生源となっている。極めて興味深いことなのだが、テロをめぐる世界中の思考の大きな枠組み設定をしてしまった感さえあるその記事は、WTCと国防省への攻撃と並べて、ブッシュ政権が立ち上げていたミサイル防衛構想に言及している。その記事は、模型や図像といった視覚的なサポートがないかぎり、つまりはハリウッド的な視覚的想像力を作動させないかぎりどうにもイメージできそうにもない、ミサイル防衛構想という途方もないプロジェクトも取り上げていて、安全保障論上の正当性を与えようとするばかりか、加えて、それだけでは今日におけるテロへの対策には不十分であると淡々と論じているのである。
 英米のエリート層を主な読者とするこのジャーナルが9・11という事件をめぐってすぐさま作動させたのは、ハリウッド的想像力が構想した、二つの巨大プロジェクトのコントラストだったのである。そして、そこには、二つのプロジェクトの相克を条件付ける地政学的力学の構図が背景として据え置かれていたといえる。二つのプロジェクトに共通するものは、ハリウッド的な想像力の潜在であり、異なっていたのは、ハリウッドも含んだグローバルな資本の運動が形成する地政学的力学の非対称的な関与の有り様、あまりにも激しい落差を伴った関与の有り様なのである。かつてプイグは「蜘蛛女のキス」で、ラテン・アメリカにおいてハリウッド型のメロドラマ的想像力を変奏することの地政学的な哀しみをえぐるように描き出した。そこで喝破された、ハリウッド映画的想像力をめぐる地政学的な落差が、数十年を経た今、小説ではなく現実において、しかもより激しく現出してしまったのが、9・11事件の光景の断片だといえば文学的にすぎるだろうか。
 しかし、と同時に、この経過した数十年の間に、ハリウッド的想像力が、国民国家として理解されるかぎりのアメリカ的なものと乖離をはじめたこともしっかりと観察されておかなくてはならない。いささか平板化されたポストモダン社会論と単純化された身体論に疑義が差し挟まざるをえない部分があるとはいえ、ハート&ネグリの『帝国』が、ポスト・アメリカを論ずる一連の世界システム論よりは周到に、国民国家を超えた、新たな政治文化・文化政治の領分が地球を覆い尽くし始めていることを指摘したのはやはり碧眼であったというべきだろう――その観点が強すぎて、保守派に乱用されることになったという問題点も重要なのではあるが。ハリウッド的想像力についても、アメリカ=ハリウッドという凡庸極まりない図式から、そろそろ離れて語られるべき時が来ている(アメリカの映画研究自体、そのような方向は、9・11以前に登場しはじめている)。例えば、上記の事柄を、『スター・ウォーズ』からSDI計画、そしてミサイル防衛構想と安易に繋げ、だから「悪の枢軸国」を謳うアメリカの政治文化はお粗末なものなのだといった言い方をすれば、自らの思考が地球の裏側で、ハリウッド映画のカリカチュアのような善悪図式から免れていない今日的地政学をまるで反省できていない振る舞いとなってしまうのではないかという懐疑は今、非常に大切なように思える。
 多くの評論家や識者の予測を裏切るかのように、国際関係のいくつかの水準において、9・11の事件は急速に「収拾」に向かいつつある。少なくとも、この事件で世界が「変わった」のかどうかは、たやすく判断ができない、デリケートな問いへ変容しつつある。金融アナリストをあざ笑うかのようにアメリカ経済はミニ・バブルともいえる気運だ。さらに言えば、ハリウッドのメジャー・スタジオのひとつが配給する、ベストセラーの童話を原作とした映画は、9つの言語圏で空前の大ヒットをあっけらかんと続けており、どうやら2001年のハリウッドの年間興行収入は史上最高を記録したようだ。あの、WTCの映像を目の前に発された「ハリウッド映画みたい」という無様な言葉は、このような時、齟齬の感覚と共に、あるいはそのときすでに早くも隠蔽してしまったかもしれぬものと共に、忘却されてしまうのだろうか。

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