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これは予言ではない/柄谷行人
 王寺賢太はweb critiqueで、私が六十年周期説を唱え、戦争を予言していたと書いている(「パリ通信」)。別のところでも、同じようなことを言っている人たちがいた。それはまちがいだ、とはいわない。しかし、私は予言をしたわけではない。私は世界経済・政治の構造論的反復性について語ったにすぎない。
 予言なら、ノストラダムスの予言のようなものがある。実際、ある人が私にこう伝えてきた。1999年7月というのは計算のやり方が違うので、それは2001年9月に該当するのだ、と。「双子の兄弟が倒され、繁栄が終る」(ツイン・タワーが崩壊し、アメリカの繁栄が終る)。さらに、その後の戦争の結果、「空から恐怖の大王が……」(原理主義者による報復)。ところが、「この戦争に勝者はない」。
 私はこの種の予言を否定する。だから、ノストラダムスの予言書を参照する気もない。しかし、もしそのように書かれているのだとしたら、一つだけ同意するところがある。それは「この戦争に勝者はない」ということだ。アメリカは、アフガニスタンを攻撃するだろう。しかし、それは何の証拠もないのだから、たんに、他のアラブ諸国の間に、原理主義の拡大を招くだけである。イスラム原理主義は国家主義やナショナリズムではない。それは国家を否定するものであり、だから、どのアラブ国家においても(本性的に)少数派である。だが、アメリカや西洋諸国や日本による攻撃は、原理主義をますます強くする。国家を制裁することはできても、イスラム原理主義を駆逐することはできない。これは予言ではない。
 イスラム原理主義は、資本と国家を「否定」する革命運動であって、現在の世界資本主義の中から、そして、それに対抗する運動の無能さ・愚劣さから生まれてきたものだ。それは、第三世界の「絶望」の産物である。このような運動によって、資本と国家を揚棄することはできないことは自明である。しかし、いかに空しいものであれ、これを滅ぼすことはできない。これを生み出す現実を「揚棄」しない限りは。アメリカは最も恐るべき相手と「戦争」――戦争は国家と国家の間において存在するのだから、これは戦争ではない――を始めるのだ。当然、この「戦争」に勝者はない。国家と資本は自ら墓穴を掘るだけである。これは予言ではない。
 今後、日本では、憲法改正をはじめ、戦争への参加が急速に推し進められるだろう。それに抵抗することはできないだろう。それは湾岸戦争の時にはじまったのであり、そのときに抵抗しなかった奴らが今できるはずがないのだ。しかし、無力感をもつ必要はない。湾岸戦争のころ、私は「戦前の思考」について書いた。われわれは今「戦前」に在る、といったのだ。しかし、1999年の時点で、私はもうそんなことについて一喜一憂する気はなくなった。戦争に向かうに決まっていたからだ。だから、そのころから、私は「戦後の思考」について考え始めた。それは第二次大戦後のことではない。これから起こる戦争の「後」のことだ。とはいえ、それは第二次大戦の「戦後」と無関係ではない。われわれはあの愚劣な「戦後」をこそ反復してはならないのである。
 そこで、私はNAM(http://www.nam21.org)をはじめた。これが戦争を阻止するなどと私は思っていない。それは「戦後」に備えるものだ。くりかえすが、「この戦争に勝者はない」。たとえば、京都議定書を否定するアメリカの「勝利」ののちに、いかなる悲惨が待ちうけているかを考えてみればよい。これは予言ではない。
 アメリカ人の多くはすでに発狂している。日本人の多くもそうなるだろう。しかし、皆さん、絶望しないでもらいたい。三、四年後に、人は後悔するに決まっている。あるいは、あの時はだまされた、というに決まっているのだ。とはいえ、三、四年は長い。たとえば、中野重治は、敗戦が近い時期に、文学報国会に加入を申し込む屈辱的な手紙を書いた。その手紙は情報局にいた、中野を尊敬する人(平野謙)が勝手に処分してしまったため、彼は加入しなくてすんだ。だから、戦後、そのことを隠していたのである。(彼はそれについて『甲乙丙丁』で自己批判している)。敗戦が間近だとわかっていたら、彼はそんなことはしなかっただろう。しかし、四年は長すぎたのだ。
 どうか、皆さん、国家と資本が煽動する愚かな興奮の中に呑み込まれたり、右顧左眄・右往左往することはやめてもらいたい。そうすれば、三、四年後に確実に後悔するだろうから。その逆に、「戦後」に向けて、着々と準備をすることを勧めたい。ではどうするのか。ここで、それについて述べる余裕はない。まもなく出版される『トランスクリティーク』を読んでいただきたい。

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