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パリ通信/王寺賢太
 9月11日。夕方に一時間ほど街に出て帰ってくると、同居人が寝室のテレビの前から悲鳴を上げるようにすっ飛んで来た。何が起こったか知ってる? 飛行機がハイジャックされて、ツイン・タワーに突っ込んで、火事が起こって、ビルが二つとも爆発して、ペンタゴンにもつっこんで、もう一つペンシルヴェニアでも。……ケンタ、これは戦争よ! ビルが全部、崩れ落ちたのよ! 何千人ひとが死んだかも分からない! 最初は冗談だと思う。だが、彼女は顔をくしゃくしゃにして、泣き出さんばかりにして叫んでいる。まるでまずいハリウッド映画のようだと思う。ケーブルテレビでフランスのテレビ局とアメリカのテレビ局の間を切り替えながら、何度も何度も同じ映像を見る。真っ青な空を背景に、煙をあげているWTC。一機の飛行機が接近し、背後のもうひとつのタワーを突き抜けて火の手をあげる。マンハッタン最高峰の巨大な塔が、自分の重みに絶えかねるようにして、濛々と煙を立ち上げながらその場で頽れていく。それが実際に起こったことなのだとは思う。だが、あまりにもスペクタキュラーな「現実」の出来事を前に、その映像を見れば見るほど放心したようになり、非現実感が募るのを感じる。
 同居人は、ブエノス・アイレスの双子の姉からの電話で事件を知ったのだという。電子メールを開くと、そこにはWTCへの最初の飛行機の突入の時点から刻々とテロの連続を伝えるアメリカの新聞のニュース速報が入っている。マンハッタンのイーストヴィレッジに住む友人に安否を気遣うメールを書くと、30分もしないうちに返事が来た。「今日は朝から静かに仕事をしていました。12時頃に同居人がバターを買いに出て、大きな火事が見えたと言って、それでテレビをつけて、だんだん分かってきました。まだちょっと信じられません。ここまで混乱が来ています。たくさんの人の波が」。彼女のメールはそういってぷつんと途切れている。ちょうど晩には京都からやってきた友人と再会する約束があった。彼はフィラデルフィアにいるガールフレンドと連絡がつかないと言う。フランスから合州国への電話線がパンクしているのだ。うちからもう一度連絡してみるように言うと、ようやく電話がつながる。フィラデルフィアでもすべての公共機関が封鎖され、住民はパニックを起こしているという。彼女は今から献血に行く。
 フランスのテレビ局もアメリカのテレビ局も、なぜこんなことが起こったのか、一体誰がやったのか、と問いを発したまま途方に暮れていた。フランスのテレビは街中で「敵国」の不幸に喜びを爆発させるパレスティナ人たちの映像を繰り返し流し、アメリカのテレビはカブールのタリバンの大臣のコミュニケを映し出していた。なまりのきつい通訳の英語を、ほとんど聞き取ることが出来なかった。かろうじて、それが犯行声明ではないことが分かっただけだ。混乱状態の中で、アメリカ人はこうして歴史上初めて、大陸の自国の領土を、しかも経済と軍事における合州国の覇権を象徴する中枢を武力攻撃されたのだ、と思う。テレビのコメンテーターたちが、kamikaze、とか、Pearl Harbor、と繰り返し口にするのを聞き、ちょうど日本の真珠湾攻撃から六十年という時節の符合に、柄谷行人が主張していた歴史の六十年周期説と、〈戦争〉が始まる、という彼の「予言」を思い出す。
 フランス政府は90年代のパリ市内のイスラム原理主義者によるテロの際に敷かれた厳戒態勢を強化して施行すると発表した。パリの街中のあちこちに、再び銃を持った兵士たちが徘徊することになるのだ。「〈第三次世界大戦〉が始まった」。一夜明けたフランスの新聞は、センセーショナルな見出しを掲げている。しかし、この〈戦争〉には、もはや武力を独占する主権国家の相互の「敵対」という見やすい構図は全く失われている。宣戦布告も、暴力を肯定する大義の広告もない。〈戦争〉はまさに青天の霹靂のように突然炸裂し、多数の人間の命を奪っている。たしかにバルカン半島で、アルジェリアで、そしてアフガニスタンやパレスティナで、戦争は執拗に続いている。そこで死んだ人間たちの数は、今回のテロの死者の数を遙かに上回っている。今回のテロと同じように、それらの戦争での死者に文民と兵士の区別などありはしなかった。ただ、そこでは民族・宗教・国家といった様々な要素が絡まり合いながら「歴史」を織りなし、それがいかに不条理なものであったとしても、戦争における諸勢力の敵対をまだしも過程の中で理解することを可能にしているように見えた。何よりも、それらの戦争に対しては、コンテクストを理解する、などと嘯いていられる距離が私には残されていた。パリでは、散発的なテロや暴力が不穏な戦争の存在を身辺にちらつかせてはいた。しかしその不穏さは、此処で平和を享受している「私」と、彼処で戦争に巻き込まれている「彼ら」の間にある地理的・心理的な距離を完全に消去することはなかった。だが、マンハッタンの超高層ビルに飛行機が突っ込み、その超高層ビルがその場に頽れていく映像は、もはやそんな距離が存在しえないこと、戦争と平和の境界線自体が決定的にあやふやなものになってしまったこと、そして私が今此処で享受している〈平和〉が、その実〈戦争〉の曖昧な継続状態にすぎないことを伝えてくる。その映像に対して持つ非現実感にもかかわらず、不安は圧倒的な勢いで迫ってくる。そしてその不安は同時に、「United Statesに抗して」と書きもした私が、どれほど深く「United States」に内属した存在であるかを痛いほど思い知らせてもいる。
 United Statesは――アメリカ合州国と、日本を含めたその同盟諸国は――、「敵」を特定し、「敵」の所在地を局限し、「敵」を圧倒的な武力によって撲滅することで、この〈戦争〉を私たちがすでに見知っている「戦争」のわかりやすい構図に収めた上で、その「戦争」にケリをつけようとするだろう。そして、その「戦争」の終わりは、個人や集団に対するUnited Statesの徹底的な管理によって成立する「平和」的な秩序へとその場を譲ることになるだろう。それが国家理性の順調な機能の仕方というものかもしれない。すでにWTCやペンタゴンへのテロから一昼夜を過ぎた現在、イスラム原理主義のテロリストの名前と、パレスティナでの戦争との遠因関係が、各国のメディアでさかんに語られている。フランスのジョスパン首相は、テロリストとイスラム教圏諸国とを混同してはならないと諫めつつ、テロリズムに対する断固たる対応をとるという声明を出した。アメリカ合州国では、ブッシュ大統領が報復を宣言している。テロリストを草の根分けても狩り出して、処罰する。合州国はテロリストもテロリストを匿う者も区別はしない。そして、湾岸戦争の時の父ブッシュのレトリックを忠実に引き継いだ子ブッシュは、合州国を「正義」として、また「自由」と「民主主義」の守護者として位置づけ、「悪魔」である「敵」に対置している。ジュリアーニ・ニューヨーク市長は、このテロによって合州国は決してその力を弱められることなく、一層強い合州国がそこから現れるのだ、と断言している。まったく、合州国とUnited Statesにとって、今回のテロほど、自分自身を「正義」の味方として名指し、「敵」に対する暴力の行使を正当化する格好の論拠はありえないだろう。問答無用の「正義」と、手ぐすねを引いて待つかのような強大な武力の前に、私は深い無力感を感じている。
 しかしなお、それらすべては、まずいハリウッド映画のようにして始まったこの〈戦争〉の、一層まずいシナリオの続きにすぎない。WTCとペンタゴンへの、あまりにも短絡的な自爆攻撃は、それ自体が、経済力と軍事力の集中を背景に自らを「正義」として権威づけるアメリカ合州国の覇権に対する絶望的な反抗ではないか。そして、もしパレスティナ人たちがこのテロの報を聞いて歓喜しているとすれば、それは同盟国イスラエルの国家による暴力の行使を支持し、そのなすがままにさせてきたブッシュ政権の合州国に対する怒りを共有するからではないか。私は、決して今回のテロリズムを肯定しない。個人的には、テロリズムの責任は、厳密に法的に裁かれるべきだと考えている。そもそも、まずいハリウッド映画かアメリカの三文小説の筋書きのような今回のテロは、それ自体、United Statesのシナリオに深く冒されたものにすぎないと思う。権力の所在地に対する武力攻撃が、なんら合州国の覇権の基礎を揺るがすものではないことは大統領自身が言い切ってみせたとおりだ。だが、〈戦争〉を「戦争」に翻案し、「敵」を暴力によって撲滅し、徹底的な管理によって抑圧しようとするUnited Statesのシナリオによっては、私たちが突然その直中に突き落とされた〈戦争〉は決して終わりはしない、と私は言いたいのだ。テロリズムを生み出す絶望があり、そしてまたその絶望を生み出す現実的な条件があるならば、その現実的な条件自体をかえることなしに、絶望も、テロリズムも、〈戦争〉も終わるはずはない。「戦争」と抑圧によるかりそめの解決は、その実、〈戦争〉の継続であり、またいつか一層大規模なかたちで暴力を回帰させる単なる小休止になってしまうほかないと思う。だから、私はテロリズムに対する報復としてなされる「戦争」に反対する。それが片隅の無力なつぶやきにすぎないとしても私は言っておきたい。
 青空を背景に立った超高層ビルに一機の飛行機が接近して、それを突き抜け、火の手をあげる。その夢で私は目を覚ました。テロから一夜明けたアメリカのテレビは、崩れ落ちるWTCの煙の中から撮られた映像を流している。レポーターの叫び声と画面一杯を埋め尽くしている灰塵の映像に、私はぐったりと動けなくなり、それを見続けることができずに顔をつっぷしてしまう。多くの人が死んだのだろうと思う。同時に私は、こうしてまた一つ自分の記憶と結びついた建物が姿を消してしまった、という極めて個人的な感慨にもとらわれる。戦争や暴力の噴出がなにか「リアルなもの」を露呈させる、という図式は、もはや決定的にウソになってしまったと感じる。むしろ、日常的な「平和」がつねに〈戦争〉によって脅かされており、〈戦争〉が希薄に日常の辺り一面を満たしているような、そういった奇妙に二重化された場所でこれから曖昧に生き延びていかなければならないのだと思う。それは終末幻想と結びついた核兵器のもとでの世界ともまた違って、むしろ終末がいつまでたってもやってこず、どこかぐずぐずと平和と戦争が混在していくような、気味の悪い世界なのではないか。不安と無力感を感じる。しかしまた、それに身をゆだねてしまうことはワナだと思う。WTCの上で、マンハッタンの風景に感嘆していたかつてのあどけない高校生に比べれば、パリにいる私と、その私の周囲の諸関係は、どれほど奇妙で、どれほど滑稽なものになってしまったことだろう。しかし、それがどれほど笑止千万なものであるとしても、私は私なりのやり方で、この奇妙で、滑稽な諸関係の中から、曖昧な〈戦場〉を生き延び、まったく不確かな〈戦後〉を探していくしかないと感じる。私は多くの不意撃ちの被害者の死とともにまた、「テロリスト」と呼ばれる人間たちの死を思い、彼らの自爆する瞬間を克明に想像しようと試みる。奪い取った旅客機のコックピットを占拠した彼らの背後には、どのような過去があったのだろうか。そして、WTCやペンタゴンに目標を定め、ぐんぐんと速度を加えながら突入して自爆しようとするその瞬間に、彼らの心中に去来したのは何だったのだろうか。それは憎しみなのか、大きな歓びなのか。それとも何なのか。私にはそれを言うことができない。しかし、それが何であったにしろ、自分自身が、彼らが残した廃墟の中に突然放り出されたように感じている。そして不安と無力感にもかかわらず、この奇妙な廃墟を乗り越えて生き延びる道を探さなければならないと思う。だが、そう自分に言い聞かせながらもなお、本当に嫌な21世紀の始まりになってしまったという感覚を、私はぬぐい去ることができない。

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