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私たちはこれまで雑誌『批評空間』を長く刊行してきましたが、他の出版社の下でそうしてきたのであって、それと、出版社として批評空間社を立ち上げることは、まったく別のことです。すなわち、旧来の流通機構を破り生産者と読者の新たな結合を作り出す小出版社のアソシエーションという理念をはじめ、現実的な経営において、批評空間社は、内藤裕治個人に多くを負うのです。 |
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昨秋、批評空間社がスタートしてまもなく、内藤氏の病が判明したため、本来の企画はほとんど延期されました。私たちは彼の闘病を支えるため、臨時的な体制をつくってやってきましたが、内藤氏の死とともに、今後彼なしに批評空間社を維持することが不可能であるという事実を認めざるを得ませんでした。 |
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『批評空間』誌を4号と単行本を2冊出した1年目の段階では、経営状態は順調ですし、ウェブサイトもヒット数が70万を超えるなど人気があります。出版界の一般的な大不況の中では、目覚しい発展と言うべきでしょう。内藤氏の掲げた理念は、このような形で見事に実現されたのです。もちろん、それは、執筆・翻訳者、出版流通関係者、そしてなにより読者のみなさんの力強い支持のおかげであり、ここにあらためて深謝する次第です。 |
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しかし、内藤氏を欠いて今後もこのような出版活動を続けてゆくことは、現実的には不可能です。私たちは、批評空間が没落したり変容したりして内藤氏の理念から縁遠いものになるのを見るかわりに、このまま終えることによって「批評空間」の名を永遠に内藤裕治に捧げることになればと思い、共同出資者の同意を得て、第III期『批評空間』の終刊と批評空間社の解散に踏み切ることにしました。唐突に見えるかもしれませんが、熟慮したあげくの決断です。どうか、ご了解ください。 |
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私たちはいずれまた新たなcritical spaceを構築することになるでしょう。しかし、批評空間社の活動はこれをもって終了します。みなさんのこれまでの協力と支持にあらためて謝意を表します。 |
2002年8月20日 浅田彰 柄谷行人 |
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