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昨年末から今年の年始にかけて世界のメディアの注目を集めたアルゼンチンの通貨危機とそれに伴う政治危機は、数カ月を経た今もいっこうに解決の糸口を見い出すことなくいまだに続いている。危機の発端となったIMFからの借入の凍結は依然維持されたままであり、国民の憤激を買って臨時大統領を含めて五人の大統領を入れかわり立ちかわり登場させるきっかけとなった銀行預金の引き出し制限も、緩和されるどころか一層強化されて続行されている。現在もアルゼンチンではほとんど数時間毎に新しい経済政策が打ち出されては打ち消されるといった迷走状態が続いており、4月23日には銀行預金の引き出し制限を十年間維持することを宣言した経済担当大臣が議会に集結した市民の反対運動を前にして辞任し、現デュアルデ政権の維持は再び困難になりつつある。それに先立って銀行は一斉に無期限の休業を命じられており、キャッシュディスペンサーからの現金の引き落としも不可能な状況で、次第に流通を回復しつつあった国民通貨であるペソも再び欠乏状態に陥っているという。 |
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アルゼンチンはイギリスの半植民地下に帝国の小麦畑として経済的な発展を遂げ、二十世紀初頭には国民総生産の額で世界でも第十位に位置する南米でも例外的な富裕国だった。世界恐慌を期にイギリス資本が引き上げたのち、住民の過半数を外国人移民がしめるという状況を、第二次世界大戦期以来ペロン将軍は軍事力を背景にコーポラティスム国家の組織によって乗り切り、大土地所有制を維持しながらも、充実した社会福祉や公教育の実施によって層の厚い中産階級を育成し維持するシステムを作り上げた。現在のアルゼンチンという国民国家の起源はペロニスムと呼ばれるアルゼンチン型のファシズムにあり、それゆえにペロンは軍事クーデタによる自身の政権の転覆やその後の度重なる政変にもかかわらず、74年のその死までマルクス主義の学生をも含む「左派ペロニスト」と労働組合を中心とする「右派ペロニスト」の双方の支持を得てアルゼンチンの戦後政治に君臨し続けたのである。その死後間もなく、アルゼンチン史上最悪の軍事独裁政権が誕生し、マルクス主義者のみならず批判的な勢力一般の暴力的な抹殺をはかったのは、同時期のアメリカ合州国の反共=軍事独裁政権支持の対外政策のみならず、「国民統合の象徴」を失ったアルゼンチン国内の政治的な代表制の危機を反映している。現在に至る膨大な国家債務の累積が始まったのも、私的な債務の一律国有化やマルヴィナス戦争(フォークランド戦争)を実行したヴィデラの軍事独裁政権にあるとされている。 |
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以上のようなアルゼンチン現代史の粗描を行ったのは、現在の経済危機が、90年代を通じて実施された新自由主義的な経済政策とその失敗にとどまるものではなく、それまで良かれ悪しかれ国内の社会的な紐帯を組織してきたコーポラティスムの最終的な解体としてあり、したがって「自然的」あるいは「伝統的」な基礎の欠如の上にかろうじて成立した国民的共同体の存立をゆるがせる事態が現在アルゼンチンに現れていることを指摘するためである。たしかに軍事クーデタによる政権交代が恒常化していたアルゼンチンにおいては、83年のアルフォンシン民主政権発足以来、代議制民主主義が二十世紀史上最長の十九年に渉って維持されており、現在、軍政の伝統は克服されたかに見える。しかし、90年代のメネム政権(ペロニスト)下での中産階級の分解と、国営企業の外国資本への一斉の売却とIMFからの借入への依存が伴った「政治家階級」の極端な腐敗は、アルゼンチン国民の間に国家に対する覆いがたい不信を生み出している。そもそも、現時点で141兆ドルにおよぶ債務を負い、あらゆるセクターの国営事業を売却しつくした現在のアルゼンチン国家がとりうる経済政策は極めて限られてもいる。IMFが一層の市場解放と地方州政府への財政援助の削減をアルゼンチン政府に求めて貸し付けを拒否し続けている状況下で、外国資本および国内の大地主たちは暴落した不動産の買収に走っており、階級格差の拡大はますます加速しつつある。極めて粗雑ではあるが、欧米の資本とその要求を代弁するIMFの前にアルゼンチン人が素手で対決を迫られている、といった図式が説得力を持って流通しているのも理由のないことではない。すでに通貨危機の勃発以来国外に流出した人口は過去十年の移住者の数に匹敵するという。 |
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その困難な状況下でアルゼンチンに広がっている複数の経済的な自立運動は、資本主義のグローバリゼーションに対抗する運動の最も先鋭的な形態を示している。各州政府が州発行の貨幣を流通させているのみならず、無利子の通貨「クレディト」を介した世界最大規模の地域通貨コミュニティである Red
Global de Trueque(「交換のグローバルネットワーク」、Club de Trueque「交換クラブ」という名で通称されている)は週毎に数千人のペースで規模を拡大しており、郊外の貧困者層・失業者層をはるかに超えてブエノスアイレスを中心とする大都市の中産階級―しかしその中でも失業率は急速に高まっている―の間にも普及しつつある。また、アルゼンチンでは大都市の各街区毎に定期的に集会が催され、「カセロラッソ」と呼ばれる鍋釜を乱打する鳴り物入りの反政府デモが組織されていたのだが、現在ではその集会はRGTを含めた交換市場や、遊休地を使った農園の経営、あるいは中央市場への食料の買い出しといった新たな経済的生産・流通の組織をも組み込んでいるという。さらに倒産した企業の経営を労働組合が引き継ぎ、経営陣から労働者までが利益を均等に分配する生産者協同組合への改組も拡大しつつあるということだ。それらの運動の興隆の背景に、例えば、一切の地域通貨の流通の停止を求めるIMFからの要求を市民の反対運動を懸念するアルゼンチン政府が退け続けているという事実も無視することはできないが、しかし、RGTのような地域通貨運動や生産者協同組合の組織が、みな一様に国家による社会民主主義的な救済を望むことのできない人々の側から否応のない必要に迫られて現れていることをここでは強調しておきたい。 |
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それは、フランスのルペンの大統領選第二次選挙への進出が注目を集めているせいでもある。フランスをはじめ各国では、シラクとルペンの対決が共和主義とファシズムの対決として喧伝されているけれども、シラクは一方で「治安維持」を高唱して移民や貧困者層への警察力による管理の強化を掲げながら、所得税の30%の減税や経済的な「競争力」の増大を強調して福祉国家の解体とヨーロッパ市場に対応した経済的自由主義への路線の切り替えを追求する「帝国」主義者であり、それに対してルペンは、「自然的血縁」の擁護という形で暗黙に人種差別をあおりながらも、グローバリゼーションとユーロに象徴されるヨーロッパ市場の統一に対して「国民」の防衛をその主張の筆頭に掲げて支持を拡大したということを無視してはならない。ルペンの支持者の多数は、低所得の労働者や若年の失業者、あるいは過去十年に加速する人口減少を経過した農民たちなど、いわゆる「社会的弱者」なのであり、彼の「ファシズム」は、社会民主主義者をも含めたアンチ・グローバリゼーションの運動が現存の国家機構に訴えて資本主義への対抗をはかろうとする際に内包せざるをえない排他的・反動的な要素を極めて明確に提示している。例えば、ルペンがヒットラーに暗に参照を求めながら*[1]「社会的には左翼であり、経済的には右翼であり、それ以上に国民的にはフランス人である」と言う時、その言辞だけをとってみれば、現在のフランスの社会民主主義者が決して原理的な反論をすることができないのは明らかである。実際、過去五年間のフランス政党政治において顕著であったのは、「左右共存」下のド・ゴール派と社会党の接近とともに、そのマージンにおける、国家主権の防衛を求める右翼「主権論者」とナショナリスト的な性格の色濃い共産党および左翼共和主義者の主張のほとんど見まがうような一致でもあった。*[2] |
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ルペン自身がファシストであり人種差別主義者であることは疑いようのない事実であるとしても、彼の主張が支持を得る現実的な条件がある以上、シラクとルペンの対立を単に善玉の共和主義と悪玉のファシズムのイデオロギー対立として把握し、ルペンの支持者を―「非国民」として?―排除しただけでは、ヨーロッパ市場の統合と経済的自由主義の席巻に対する不安は解消されるどころかますます昂進するほかないだろう。むろん、現在の状況下で各々の国民国家の枠内で旧来の「左翼」政党が果たしうる経済自由主義とファシズムに対する批判的な役割を実践的には軽視することはできないが、彼らが内実の差違はあれ「国民」の防衛をグローバリゼーションに対して差し向けることしかできない以上、その理論的な限界もまた明白なのだ。ここで私が再び「ユーロからクレディトへ」と繰り返しておきたいのはそのせいである。むろん、現在のアルゼンチンで興っている自立的な経済運動はやむにやまれぬ自生的な運動であり、一面で現在の恐慌下でこそ成立しうる一過的な性格も持っている。また、RGTに関しては爆発的なネットワークの拡大とともにクレディトの発行に関わる問題や内部での対立も表面化しつつあるともいう。しかし同時に、地域通貨運動をはじめとする経済的な運動が、旧来の政治的・経済的・社会的な関係が根こそぎになりつつある状況下で、自らの生存を否応なく困難な条件のもとに営まざるをえない個人の側からの抵抗と現実的な条件の乗り越えの可能性を示していることもたしかである。というよりも、そこで「個人」は、旧来の諸関係の崩壊の結果として、またその崩壊を乗り越えようとする運動において初めて生成しているのだ。現時点においてはいまだナショナルな空間の中にもっぱら囲い込まれたままだとは言え、それらの運動は、Red
Global de Truequeの名が示唆しているように、グローバリゼーションに対するグローバルな対抗の可能性を保持してもいる。だからこそ、フランスに住む一人のアジア系のマイノリティとして、私はここではるか彼方のアルゼンチンのマイノリティたちにエールを送りたい。危機は同時にひとつの好機であり、転換の可能性もまたそこに賭けられているはずだ。 |
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[編集部註]
このテクストは、王寺賢太【ユーロからクレディトへ 通貨統合と通貨危機】(初出、週刊読書人)の補遺として書かれたものである。
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