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12月は3人の外国人建築家のレクチャーが相次いで北京大学で開かれた。ここでは1年前から日本人建築家の講演会が3ヶ月に1回開かれているほかに、最近は他の国からのビッグネームの講演もしばしばある。大学が交通費まで負担しているわけではないので、この講演会の増加はそのまま、中国のデベロッパーが外国人建築家を呼んで仕事を依頼する件数が増えていることを示している。 |
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12月17日はロッテルダムからmvrdvのヴィニー・マースの講演。絶好調の彼は普段着みたいなジャケットを羽織り、リラックスした雰囲気の中で「逐語訳は必要ない」と断って機関銃のように話していった。さまざまな都市の与条件を操って作りあげた大きな都市スケールの仕事を、マッキントッシュで動画を駆使して紹介。デビュー作のキャンティレバーの集合住宅から、最近安藤忠雄が勝ったパリのギャラリーまで。順序は必ずしも年代順でなく、レクチャーのストーリーに沿って注意深く並べかえられていた。 |
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「豚のことについて考えることが建築についてよりもより直接的に社会にかかわっていることになった」(PIG
CITY)、という話の通り、建築が社会にかかわるための戦略紹介という感じだった。ただしスケールが大きいものばかりだったせいか、成果品としての建築の実際の物理的な構成についてはあまりヴォキャブラリーがないようにも見えた。タワー状の細長い棒状のヴォリュームの周りにキャンティレバーをまとわりつかせるタイプ、床がうねって連続するタイプ、くらいに分類できちゃうのではっていうくらい。 |
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建築を成り立たせる与条件、とくに機能を分析する部分でいくつかの数値を恣意的に選び出してそれを読み替えていく作業が延々と語られる、まあそういう部分が一番議論を共有化しやすく、レクチャーにおいて訴求力があるということはわかるのだが、自分の興味としては、そのあとそうした戦略なり分析作業がどういう思考で実際の「モノ」に置き換えられているのか、という話しも聞きたかった。実際のところ実作や図面を見る限りそこには保守的な美学的判断は見られない、あるいは意図的に避けられていて、きっとそこには何らかの別の変段基準で戦略が「モノ」に接続させられているのだろうけれど、それがどういうものなのか。 |
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それにしても偏執的なまでに3次元的な空間、高密度な状態、を追いかけているように見えた。しかしそれをコールハースみたいに中国やアジアへの興味に読み替えたりはしないみたい。中国は3日だけで帰っていったし。 |
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2日後のスティーブン・ホールは、さすがにアメリカの大学人ということもあって、マースよりさらに200人は多く人を集めて、会場は立錐の余地もなかった。観客は700人近くいたと思う。 |
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北京で見た庭園の感想から始めて、昔のパンフレット・アーキテクチャーのころの理論的な仕事から最新作までを紹介。レクチャーとしては凡庸。まあ2週間の、しかも初めての中国旅行の最後にお願いしているレクチャーにあまりとんがったものを期待してはいけないのだろうけど、旧作はよく見知った写真のスライドを見せるだけ。話しぶりから幕張と福岡の日本での2つの仕事についてはたくさん語ることがあるようだが、最近のヘルシンキの美術館については多くを語りたくないみたい。あるいはもうだいぶ話したので今回はもういいということなのかもしれないけれど。 |
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それにしても最近の彼の作品の地理的、規模的な拡がりはすごい。都市計画に近い仕事もある。初期の理論的な仕事にはそれなりに大きなスケールのものもあったが、今になってそれを文字通り建築として実現している感じがした。そう考えれば本当に理論が実践されつつあるわけだけれど、きっと理論をやっていたころの彼は、ここまで大きな仕事をまさか本当に実践するとは思ってなかったのじゃないだろうか。 |
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印象的だったのは水面と白熊の毛皮の表面の話。どちらも光を受けて信じられないほど印象を変容させる例として挙げていた。実際水面は彼の建築にもドローイングにもよく現れる。自分のよく使う現象学という言葉について、質問をうけて「結局自分の興味は、できた建築空間の中を歩いていて連続的にどういう経験が得られるか、ということ」と話していたのもよく理解できた。まもなく竣工するMITの学生寮は現場写真を見る限り野心的なものになりそうだ。 |
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さらに1週間後、古谷誠章がやってきた。多くのオーディエンスにとっては前の2人に比べて未知の人だったが、わかりやすい語り口と200人くらいのちょうどいい規模の観客数で、質疑も含めてなんとなく一体感のあるレクチャーになった。講演会というより講義を聞いているような感じ。イタリア、タイ、モンゴルなどの都市、建築の例を挙げながらそこから学び取った事象と自分の作品を結びつけて紹介したやり方は、教育的配慮に富んでいたと思う。タイのトレインマーケット(線路の上が市場になっていて一日数回の列車の通過時のみお店が一瞬で撤去される場所)の例を紹介したときにかなり観客に反応があった。そのとき感じたのだけれど、実際のところ中国でも上海や北京ではもう不自由なく現代建築の情報は入るし、そういうものは渇望されているので学生などにも有名建築家の作品に関する知識は共有化されているのだが、いわゆるヴァナキュラーなものについてはほとんど知られていないのじゃないかと思った。確かにまあ上へ上へとグローバリゼーションを邁進している国の人たちにアジアから学ぼうと言うのも時期尚早なのかもしれない。モンゴルのゲルがインフラなしで完全に自給自足できる住まいだということも紹介された、こういう建築の持つ強さには確かに筆者自身驚かされたが、羊の毛皮を着て衛星でCNNを観ている彼らの生活を中国人の観客はどう見たのだろう? |
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年末はさらに山本理顕が清華大学で講演をしたとも聞いた。来年はリベスキントやFOAもここに講演にくるらしい。北京でのこの勢いはしばらく続きそうである。 |
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2002年1月7日 松原弘典 |
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>> 瀋陽での活動を http://members.aol.com/Hmhd2001/
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