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反フラット建築論をどう読むか/五十嵐太郎
 昨年末、建築評論家の飯島洋一が「反フラット論―「崩壊」の後で2」(『新建築』2001年12月号)を発表した。この論は世界貿易センターの破壊に触れて、スーパーフラットの世界には外部がないこと、そして一部の若手の建築家をフラット派と呼び、その内向性を批判している。彼が若手建築家批判を行うのは、これが初めてではない。1年半程前にも飯島の論が話題になった。念のために、議論の流れを説明しておこう。
 最初の飯島論文「<崩壊>の後で―ユニット派批判」(『住宅特集』2000年8月号)は、一人の名前を突出させるのではなく、ゆるやかな組織をつくり、数人で共同設計を行う若手建築家をユニット派と命名した。しかし、ユニット派は「アンチ・モニュメント」かつ「普通」のデザインを志向しているために、理念がなく、何も生まないと否定的に評価する。彼によれば、1995年の阪神大震災と地下鉄サリン事件がトラウマになって、そうした若手の態度をもたらしたという。これは議論が少ない建築界において珍しく大きな反響をおこす。筆者も「ユニット派あるいは非作家性の若手建築家をめぐって」(『終わりの建築/始まりの建築』INAX出版、2001年)では、飯島論文を受けて、主に以下の点を指摘した。まず、災害のトラウマよりも、1990年代の情報化やバブル以降の社会的な状況が現在の建築家の行動を導いていること。そして、普通さを求めることと理念や構築に向かうことが必ずしも矛盾しないことである。
 今回の飯島の「反フラット論」に筆者への明確な反論はない。基本的に前回の延長線上にあり、論のインパクトは減っている。とはいえ、そこから建築界の状況が照らし出されているという意味では、やはり興味深いものだ。ゆえに論点を整理しながら、幾つかの疑問点を挙げ、建築の現在を語る視点について考えたい。
 第一に、飯島は現在の問題の根を1945年の敗戦にさかのぼって求め、1968年、1989年、1995年の大事件が起こるごとに、崩壊の体験が「反復=フラッシュバック」するという。建築家で言えば、1945年を経験した磯崎新、68年を過ごした伊東豊雄、そして95年に立ち会った若手となる。つまり、磯崎の反建築、伊東の「表現を消す」ようなデザイン、若手建築家の普通さというかたちで、共同体のトラウマが繰り返されるのだ。
 最初は1995年の特異性を強調したのに対し、今度の反復という見方はなるほど興味深い。筆者は、建築の動向を廃墟の体験にあまり帰着させるべきではないと考えるが、反復という歴史観に立つとすれば、その差異をもっと考察すべきだと思う。例えば、西洋建築史において、ギリシア、ローマ、ルネサンス、新古典主義など、古典主義の様式は何度も反復している。しかし、その意味はすべて違う。同じように見えても、それぞれの古典主義の差異を明らかにするのが、建築の歴史と評論の仕事だ。こうした議論が十分に展開されていれば、飯島がなぜ磯崎を評価し、なぜ60年代生まれの若手を評価しないかという点が、より説得力をもつだろう。また1945年に戻って、現状を再考すべきという主張は同意できるが、精神分析的な説明だけでは不十分ではないか。例えば、敗戦後にモダニズムが民主主義の担い手とされたこと、大衆化とともに進行した中産階級の個人住宅の増加、いきあたりばったりの急速な都市の復興など、考慮すべき点が見逃されている。
 第二に、飯島はスーパーフラットが「他者=外部」を徹底的につぶすものと規定する。ゆえに、世界貿易センターに対する自爆テロは、フラット化した社会が「外部」から攻撃を受けた事件だという。そして彼は、アトリエ・ワンやみかんぐみなどの若手建築家をフラット派とみなし、自己慰撫的な「内部=フラト」だけを見て、「外部」を見ない態度を批判する。世界ではなく、身近なコンテクストのみをリチーチするからだ。
ミニハウス
アトリエ・ワン、ミニハウス
(筆者撮影)拡大: 拡大
 スーパーフラットに外部はない、というのは一見正しい。だが、実際はもっとハイブリッドであり、ねじれているのではないか。スーパーフラットの提唱者の村上隆は、日本画を学んだ後、アメリカに渡ったが、日本の敗戦を強く意識していると述べている。これは外部の視線にさらされることで芽生えるものであり、オリエンタリズムを逆に利用する戦略ではないか。アトリエ・ワンのメイド・イン・トーキョーのプロジェクトも、そうだ。だが、日常を離れ、海外の街並みや集落の調査をやることが、反フラット的な世界のリサーチだというのであれば、それこそ素朴な外部を期待し過ぎていないか。また東浩紀の『動物化するポストモダン』は、戦後のサブカルチャーが日本の純粋培養ではなく、アメリカ化の洗礼を経由したものだと位置づけている。「アメリカ産の材料で作られた疑似日本」というわけだ。ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』も、戦後日本モデルとされたものが、実は「日本とアメリカの交配型モデル」だったと指摘する。
 細かい点だが、飯島は、世界貿易センターを「まさにフラットな建築」だと語る。効率性を追求したビルであるのは確かだが、デザインの面において、ミノル・ヤマサキは日本やイスラムの影響を受け、やわらかさを冷たいモダニズムに持ち込もうとしていた。世界貿易センタービルの頂部と足元にある尖頭アーチ風のモチーフも、その結果である。だが、9月11日のテロは、こうした小さな差異を無効にする圧倒的な暴力だった。いやテロこそが世界をきれいに二分し、両陣営の内部をフラット化する方向に動かしたといえよう。飯島は、小さな差異を見い出すことに批判的である。しかし、建築に対する個別の読みを積み重ねることが、フラット化をつきやぶる鍵なのではないか。
ウィークエンドハウス
西沢立衛、ウィークエンドハウス
(筆者撮影)拡大: 拡大
 飯島は、塚本由晴と曽我部昌史の対談(『美術手帖』2000年5月号)を挙げて、同じように両者が日常に興味があると結論づける。だが、それは対談の出発点に過ぎず、最後に二人は方法論の違いを確認していた。これが過小評価されている。また飯島は、佐藤光彦、西沢立衛、西沢大良らを「普通さ」、「弱さ」、「軽さ」、「フラット」感というキーワードで一括りにしていた。だが、佐藤のパズル的な造形や素材の扱い、西沢立衛の普通さにひそむ異様な空間、西沢大良の形式とヴォリュームの関係など、各自の発見的な問題設定は大きく違う。確かに、ポストモダン建築のように、見た目ですぐにわかる派手な形態の組み合わせではない。これならば、社会派の印象批評でも対応できるだろう。が、彼らは、むしろなぜある形態がそうなっているのかという根本的な問いを立てている。その結果、必ずしも奇抜な造形に結びつかない。威勢のいい言葉もない。かといって、それを「表現意欲を放棄してしまったかのような脱力感」で片付けると、重要な点が切り捨てられる。彼らの作品では、かたちの論理を読むことが試されているのではないか。
 デザインの変化は建築家だけの問題ではない。批評の側にも、新しい状況を語る言葉の構築を求めているのだ。
[追記]
「反フラット建築論をどう読むか」のヴァージョンアップ原稿が「10+1」27号に、五十嵐太郎連載「1990年代以降の建築・都市」の第3回目として掲載されます。3月に刊行予定。
50's THUNDERSTORM
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