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ユダヤ博物館と世界貿易センター/五十嵐太郎
 9月11日、アメリカで同時多発テロが発生し、世界貿易センタービルが崩れおちたその日の夕方、ベルリンのユダヤ博物館は、一般向けのオープニングを予定していた。時差を考慮すれば、20世紀の資本主義を象徴する超高層ビルが消滅した数時間後、21世紀最初の建築というべき他者の空間が誕生するという計算になる。当日、ベルリン入りした筆者にとっては、そのように2つの出来事は重なって見えた。
 ユダヤ博物館は、1989年のコンペで、ダニエル・リベスキンドが設計者に選ばれて以来、完成が期待されていた。しばらく前から竣工した建築の内部を見学することも可能になっていたが、今回、正式に開館し、オープニング・ウィークのイベントが催されていた。9月9日は、招待客のためのセレモニーとドイツの大統領の訪問。この日はロンドンにいたが、テレビで大きく報道されていた。リベスキンドがヴィクトリア・アルバート美術館の増築プロジェクトの設計者であることから、イギリスの関心も高かったのだろう。10日は、博物館の実現のために寄付をした人たちに公開された。
 しかし、未曾有のテロの余波を受けて、ユダヤ博物館の一般公開は延期された。忌わしい記憶をもつ都市ベルリンにユダヤ関係の施設ができるというだけでも、神経質にならざるをえない(今回の事件と関係なく、十分なセキュリティ・チェックの部屋が用意されていたようだ)。ましてや、このテロである。閉鎖された博物館は警備員に囲まれ、不測の事態に備えていた。この週、ヨーロッパでは様々なイベントが中止されていたから、当然の成りゆきだろう。水晶の夜に放火され、爆撃で廃虚となり、ベルリン統一後に再建されたノイエ・シナゴーグの方も、大量のラブレターで郵便局を包む近くのアート・プロジェクトの準備を尻目に、ものものしい雰囲気に包まれていた。
IGARASHI Taro Photo Archives
《© Igarashi Taro》
 仕方なく外観を眺めながら、ベルリン滞在中に博物館の内部を見学できないのではないかと心配したが、14日には入館でき、3時間程過ごした(13日からオープンしたらしい)。完成前から幾度も論じられた建築だが、念のために概要を説明しよう(「10+1」web版写真アーカイブのベルリン編に筆者の撮影した写真があるので、参照されたい)。ユダヤ博物館は、メタリックな外観をひっかく傷のような開口部を無数にもつ。平面は蛇のように折れ曲がる、ジグザグの形状だ。それを串刺しにする軸線が走り、ジグザグと交差する部分は空白のヴォイドになっている。吹き抜けのヴォイドは、何も展示しないことにより、逆説的にホロコーストの悲劇や、ベルリンの歴史におけるユダヤ人の不在を示す。
 基本的な構成は、コンペ時のコンセプト通りに完成している。隣にたつ18世紀の古典主義建築である旧ベルリン博物館がエントランスになっており、そこから地下にもぐり、リベスキンドの空間にたどりつく。地下では3つの軸が交差する。展示空間への階段に続く連続性の軸、ホフマンの庭に導く亡命の軸、ホロコースト・タワーに向かうホロコーストの軸である。いずれも床が傾き、鋭角で交わるために、すぐに方向感覚を失う。ここは建築というよりも、ヨーロッパの庭園の空間のつくり方に近い。
 亡命の軸では、ニューヨークやアムステルダムなど、主な亡命先となった都市の名前が壁に記され、ユダヤ人の取得したパスポートなどが展示される。突き当たりの明るいガラス戸を抜けると、7本×7本のコンクリートの柱が並ぶ、ホフマンの庭。柱のてっぺんには木を植え、中央の1本はエルサレムの土、まわりの48本はベルリンの土を入れる。それぞれが互いの場所を意味するという。庭でも場所の喪失が強調される。
 ホロコーストの軸では、アウシュヴィッツやビルケナウなど、強制収容所の名前を壁に記し、亡くなったユダヤ人の遺品が展示される。奥の重い扉を開けると、ホロコースト・タワーである。勝手に出入りできず、係員がいて、数人ずつ入ることしか許されない。打放しのコンクリートに囲まれた暗いヴォイドだが、上部の細いスリットからわずかに光が差し込む。ここでは沈黙し、押しつぶされそうな絶望の空間を経験する。
 連続性の軸から一気に3階までのぼって、ようやく常設の展示室に至る。おそろしく長い導入部であり、決してバリアフリーとは言えない。地下の空間は、リベスキンドの意図がかなり実現しているが、3階と2階は、ドイツのユダヤ人の歴史に関する展示品がぎっしりと詰め込まれ、建築的な仕かけがわかりにくくなっている。例えば、天井を斜めに走る切れ込みや、ジグザグを横断する線を暗示する黒い床は、展示品に埋もれている。ウィーンのユダヤ博物館のような洗練された展示物のインスタレーションはない。もっとも、こちらは展示品が少ないからこそ、可能になった空間なのだが。
 常設展示では、ユダヤ人の子供や女性、シナゴーグなど、多様な切り口でユダヤ人の歴史と生活を紹介する。だが、展示室の一部では、サービスの部屋が増設され、ジグザグのかたちが崩れている。おそらく、展示品のない状態で見るのが、建築的には、もっとも美しいだろう。ただし、ジグザグの構成は、3階と2階を一筆書きでつなぎ、派手なデザインのわりには動線がわかりやすい。しかし、展示が終わり、再び地下空間を経由して戻る部分は、通路が狭いために混雑を招くかもしれない。
 長く荒れ地だったポツダム広場の再開発は、レンゾ・ピアノやヘルムート・ヤーンらの巨匠の共演により、世界中どこでもありうる都市空間を生みだした。1980年代のIBAプロジェクトも、建築博物館のような集合住宅群をベルリンにもたらした。アイゼンマンやザハ・ハディドらの作品も実現しているが、刺激的なものではない。しかし、ユダヤ博物館は異彩を放ち、圧倒的な迫力をもつ。かつてディコンストラクティヴィズムに括られた建築家として十分に期待に答えている。リベスキンドの代表作になることは間違いない。彼自身ホロコーストで家族を失ったポーランド生まれのユダヤ人建築家である。このプロジェクトでは、簡単に癒されないドイツとユダヤの関係を引き受けつつ、アメリカからベルリンに移住し、難しいプログラムの建築を実現させた力技も評価されるべきだ。ユダヤ博物館は、単純化がもたらす悲劇と現実を生きる難解さを示唆するだろう。
 クリストが包んだことで有名な国会議事堂は、その後、ノーマン・フォスターによってガラスのドームを復元的に増築した。大勢の観光客でにぎわうこの施設は、9月14日の午後、一時的に閉鎖され、アメリカの報復戦争を反対するデモが行われた。だが、ハリウッド的に壊された世界貿易センタービルは、世界史をハリウッド化しようとしている。21世紀最初の「戦争」は、アメリカとイスラムの互いに対する憎悪を増幅させかねない。しかし、9月11日の同時多発テロの黒幕が過激なイスラム原理主義の信者だとすれば、戦後に誕生したユダヤ人の国家イスラエルをめぐる問題も、事件の遠因ということになろう。イスラエルの情勢も不安定になっている。20世紀の問題は終わっていない。
50's THUNDERSTORM
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