Critical Space Archive

スーパーフラット・アイロニー
 かねてから日本の伝統美術の平面性と現代のアニメなどの平面性をつなげて「スーパーフラット」というコンセプトのもとに世界に売り出そうとしてきた村上隆が、そのコンセプトに基づいたグループ展*[1]を企画し、コンセプト・ブック*[2]を出版した。
 村上隆は、1990年代半ば以後、日本を代表するアーティストとして世界的に注目されているが、それはけっして不思議なことではない。日本の伝統美術の平面表現をとことんまで洗練した上で、それをアニメの図柄で置き換えてみせるというのは、実に巧妙な戦略であり、また、その戦略を具体化してみせるテクニックとセンスも水際立っている。琳派の屏風のようにたっぷりと余白をとりながら、しかし、徹底してアニメ的な絵柄と色使いでスプラッシュが描いてあったりする、その妙技には舌を巻かずにいられない*[3]。そのスプラッシュは、アニメのキャラクターをそのまま立体化した少年や少女のフィギュアの男根や乳房からもダイナミックに迸り出て、観る者を驚かせるだろう。立体? そう、それらが内面的な深みをまったく感じさせず、性器さえつるつるのプラスティックに過ぎないかぎりで、平面のフィギュアも立体のフィギュアもひとしく「スーパーフラット」であり得る。さまざまな領域を駆け巡ってこうした表現を連発しながら、村上隆は、ポップ・アートの後でもなお内面の深みという神話を捨てきれずにいる欧米の美術を尻目に、日本にこそ内面が蒸発し尽くした「スーパーフラット」な美術がある、それこそが世界の未来を先取りするものなのだ、と大見得を切ってみせるのである。
 もちろん、日本の伝統美術の中からとくに平面性を取り出してくるのも、それをアニメの平面性とつなげてみせるのも、世界市場に向けてのマーケティング戦略に過ぎないことは、言うまでもない。それを、「自虐史観」(彦坂尚嘉)*[4]を逆手にとった捨て身の戦術と言うこともできるだろう。さらに問題なのは、それが「自閉的〈村〉空間」(同)に根ざしているところだ。現に、村上隆の組織したグループ展自体は、狭い会場に「おたく」文化のごみを詰め込んだといった印象で、総じて質は低いし、かといって質的判断を突き破るようなインパクトにも欠けていた*[5]。その点ではむしろコンセプト・ブックの方が展覧会より重要かもしれない。ただ、そこでさえ同時代の有象無象の作品が村上隆のコンセプトを裏切っている面がある。もうひとつ、この本では、東浩紀がラカンとデリダを援用して「スーパーフラット」の理論化を試みているが、これまた村上隆のコンセプトをさらに単純化しただけで、理論的にも問題が多いと言わざるを得ない。
 ラカンによれば、人間は、成長過程で、イメージの充満した〈想像界〉から言語によって分節化された〈象徴界〉に移行し(この移行が「去勢」と呼ばれる)、さらにそこで言語による表象を超えたリアルな裂け目としての〈現実界〉に遭遇する。美術の領域では、バラバラだった視線を無限遠点に向かって束ねることで深みのある空間をつくりだす透視図法が典型的な「象徴形式」(パノフスキー)であるとして、それもまた最終的にはホルバインが「大使たち」に描きこんだ髑髏の歪像(アナモルフォーズ)のようなリアルなものをめぐって組織されているのだ*[6]、というわけである。東浩紀はこのうち〈想像界〉から〈象徴界〉への移行の解説に紙幅の過半を費やしたあと、そのような「去勢」が機能不全に陥り、幼児の世界と大人の世界、イメージの世界とシンボルの世界の区別が曖昧になったのがポストモダンな段階であると規定する。そして、透視図法的な深みのある空間――統一された視点=無限遠点に統御された――ではなく、徹底して深みのない平面のいたるところにアニメ化された目の記号が散乱する村上隆の「スーパーフラット」な画面こそ、そういうポストモダンな段階のもっともラディカルな表現であると評価するのである。このようにラカン的な原理論を踏まえてポストモダンな段階論を展開する手法は、スラヴォイ・ジジェクらが多用してきたものであり、たしかに明快には違いない。ただ、それはしばしば不毛な二項対立に終始してしまう。一方でポストモダンな子供たちに「去勢」による成熟を強要するのは反動的であるばかりか実効的でもないとして、他方で「僕たちはもう成熟できないんだから子供のままでいるほかない、そんな僕たちの表現は今では大人たちの表現よりずっとラディカルなんだ」と強弁してみせるのもそれこそ幼児的な居直りでしかないだろう。
 さらに問題なのは、東浩紀がそのような議論とデリダの議論をただちに接続していることである。常識的にみても、デリダはラカンの理論的な枠組みの総体を脱構築しようとしていると言うべきだろう。ラカン的な原理論を踏まえた上でポストモダン状況を〈象徴界〉の機能不全によって段階論的に規定するところから、そういう状況をデリダ的なものとして特徴付けるところへは、そう簡単に飛躍できないはずだ。その無理は、議論の内容からも見て取れる。たとえば、東浩紀は、想像的なイメージと象徴的な言語、現前性と非現前性の間にあるものとして、デリダの「幽霊」という概念に注目しながら*[7]、それを段階論的にボードリヤールの「シミュラークル」の概念に近づけた上で*[8]、村上隆の「スーパーフラット」な画面のいたるところに散乱するあの目こそ「幽霊」のイメージ化であると言うのだが、これはどう見ても牽強付会だろう。むしろ、ラカン的な枠組みにそって、リアルな裂け目(不在)を否認し、カラフルなイメージに満ち満ちた徹底的な現前性の世界を展開してみせるのが村上隆の自覚的倒錯に基づく「スーパーフラット・ワールド」なのであり、そこには不在というものがない(したがって現前と不在の間にある「幽霊」もない)のだと言ってしまったほうが、作品の実態に即している*[9]。デリダ的な「幽霊」を蒸発させてしまうそのような不在の不在、欠如の欠如こそ、良くも悪しくも村上隆のパワーの源泉なのではなかったか。
 本題に戻れば、ラカン的な枠組みからは幼児化としか見えないであろうそのような現象がとくに現代の日本で顕著に広がっていることは社会学的な事実であり、村上隆の「スーパーフラット・アート」がそのラディカルな表現であることは疑いを容れない。だが、その兆候はすでにずいぶん前からあったと言うべきではないか。実のところ、私自身、1987年にアメリカで行なった「子供の資本主義と日本のポストモダニズム」*[10]という短い講演で、日本のポストモダン文化においては、超越的な価値を奉ずる老人も、価値を内面化した主体としての大人もおらず、ただ相対的なゲームに狂奔する子供たちがいるだけだ、そして、資本主義が幼児化を伴うとすれば、そのような日本の子供のポストモダニズムこそ世界の未来を先取りするものだということになるだろう、と論じた(また、それと関連する文脈で、それが〈想像界〉――しばしばユング的な――への退行を伴うことも指摘した)。もちろん、それは、ヨーロッパにおいて世界史が終極に達した、いや、アメリカにおいて終極に達したと称する欧米のヘーゲリアンたちとの言語ゲームにおけるレトリカルな応答として仮定法ないし条件法で語られたあからさまなパロディであり、自嘲を含んだアイロニーに彩られている。おそらく、いま村上隆が「スーパーフラット宣言」で言おうとしているのも、それとほとんど同じことだ。ただ、彼が「日本は世界の未来かもしれない。そして、日本のいまは super flat。」と宣言するとき、そこにはもはやシャープなアイロニーは感じられない。それは、いわば「スーパーフラット」なアイロニー――つまりはナイーヴな自己肯定に基づく、「J-POP」とほぼ同レヴェルでの「Jアート」の自己主張なのだと言えば、意地悪に過ぎるだろうか。

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