Critical Space Archive

『山形道場』の迷妄に喝!
 山形浩生の『山形道場』(イースト・プレス)が送られてきた。世間で横行している、まわりくどく、しばしば間違った説明に対し、「要するにこういうことだろう」とズバリ突っ込む。その姿勢自体は共感できるし、情報技術時代の経済・社会・文化を横断して提示されるさまざまな論点もだいたい正論だと思う。ただ、どうしてもっとクールな書き方ができないのだろう。「オレは権威なんか無視してやるぜ」という自意識は「私は権威だ」という自意識と背中合わせであり、どちらにしても書かれたものを暑苦しくするだけだ。また、論点の中には間違ったものもある。私が『構造と力』(剄草書房)で使ったクラインの壺のモデルが間違っているという指摘はその一例だ。『構造と力』では、チューブの両端を普通にくっつけるとトーラスができ、ひねってくっつけるとクラインの壺ができるが、後者の操作は3次元空間の中では不可能だというところから説明してあって、誤解の余地はない。むしろ、山形浩生の方が、クラインの壺を3次元立体として近似的に示したモデルにとらわれて、初歩的な誤解に陥っているのではないか。実は、インターネット上ではすでにそのような指摘を読むことができる。他人の議論を誤りと決め付ける前に、そのくらいはチェックして自分の足場を固めておくべきだろう。山形浩生という道場破りは、自分で道場を開くには、もっと他流試合を重ねて腕を磨く必要があるようだ。

[付記:2001-08-01]
 山形浩生のその後の言動を見ていると、これでもまだ誤解が解けていないようなので、あらためて確認しておこう。幾何学的にチューブの断面を考えるというとき、一般には仮想的な面を考えるわけで、そこに実体的な膜が張られている(それによってチューブの中の流体をせき止めている)などと考えることはない(そのように特定されている場合を除いて)。クラインの壺の底面というのも、チューブの断面とまったく同じことなのだから、クラインの壺の底面を考えるといっても、まさかそこに実体的な膜が張ってあり、その上に実体としての商品が置いてあるなどと考える(そして、実体的な底をつけたことでクラインの壺をクラインの壺でなくしてしまったと批判する)ナイーヴな読者がいるとは、私には思いも寄らなかったのだ。そういう初歩的な誤解さえ解ければ(上述の如くチューブの段階から説明しているのでそういう誤解の余地はないはずなのだが)、クラインの壺のモデルに問題はない。
 なお、東浩紀は、私のクラインの壺のモデルを踏まえ、(1) その底面を「マジック・メモ」化する、(2) 彼が「クラインの管」と呼ぶ部分をリゾーム化する、というヴァリエーションを提案し、私は、そのようなモデル化はむしろ彼の批判する単数システムの複数化という論理(岩井克人型の)に適合してしまうのではないかと述べたことがある(「トランスクリティークとしての脱構築」『批評空間』II−18号)が、そこで問題になっているのはあくまでも東浩紀によるクラインの壺の解釈であって、私による解釈ではない。
 山形浩生は、ソーカルとブリックモンの『知の欺瞞』(邦訳・岩波書店)を評価し、それと同じような批判を私の『構造と力』に対して行なったつもりであるらしい。実のところ、私はソーカルとブリックモンの本が最初にフランスで出た直後に(どうでもいいことだがおそらく日本で初めて)『批評空間』II−16号の編集後記(1997年11月12日)でそれに触れ、「今度の本は、それぞれの相手を本質的な点で批判しているとは言えないし、その批判の根拠となる科学主義も絶対とは言えない」と述べつつも、むしろ「ソーカル事件」の教訓の方を強調して、いたずらに難解ぶったポストモダンな「知の意匠」で読者を幻惑するのではなく、明晰にできることはできるだけ明晰に書くべきであるという当たり前の原則をあらためて確認している。(翻訳によるタイム・ラグのため、それからずいぶん経ってこの本をきっかけとする「サイエンス・ウォーズ」が日本でも話題になったようだが、私はこのとき述べておいたことをあえて繰り返す必要を認めなかった。)その意味でも、先に述べた通り、ざっくばらんに言えることはざっくばらんに言うという山形浩生の姿勢に、私はむしろ共感を覚えることが多い。ただし、他人の議論を前にして、本質的な点を批判するより先に、表面的な早飲み込みによる誤解からそれを一蹴したつもりになるというていたらくでは、「道場主」の名が泣くのではないか。

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